生き続ける意味 **番外編**
どういうこと?
そう思った時には、もう走り出していて。あたしはヒカリちゃんに体を引っ張られ、走った。
どこに行くのか。
しばらく走ると、もう病院の敷地なんかとっくに出ていた。
住宅街の中を行くと、左側に大きな家が見えた。決して新しくない、すこし古くなった一軒家。
「ねぇ、ヒカリちゃん、どこ行くの?病院戻らなきゃ…」
「ここ。」
済ました声で指をさす。そこは、やっぱり古い一軒家。
ヒカリちゃんはあたしの手を引っ張り、中へ入った。
「え?ちょっと!勝手に…」
「ここ、私の家。……児童養護施設。」
…え。
たしかに、一般の家庭の家よりか、だいぶ広く、古かった。
けど、すごく暗くて、誰もいない。
2階へ上がり、部屋に入ると、そこは二段ベッドが2つ並んでいた。
勉強机が3つ、制服があって、カバンがあって…3人部屋みたい。
ヒカリちゃんは引き出しからカッターを取り出した。
あたしは、自分の血の気が引くのがわかった。
「…ヒカリちゃん?なにするの……」
ヒカリちゃんは無言で、シュッと音を立てて、刃を出すと、あたしに見せた。
刃には、赤黒い血痕がついていた。
…いやでも、あの時のことを思い出す。あたしが、自分の腕をカッターで切ろうとしていた時のこと。
嫌な思い出がよみがえり、頭の中で必死でなくそうとした。
「…わかるでしょ?これ。私ね、これで切ったの。何回もさ。
けど、見つかるかして病院に連れていかれたけど。」
そう言うと、右腕の裾をまくった。
そこには、何個もの痛々しい傷があった。
…見たく、ない。
実は、あたしもあの件から立ち直ったけれど、罪悪感は今でも頭から離れないんだ。
どうしてあんなことしてしまったのか、もしかしたらこれから先なんかあった時、また同じことを繰り返してしまうんじゃないかって……
だから、思い出したくない…。
あたしは顔をそむけた。
「…ヒカリちゃんは、あたしをここに連れてきて、何がしたいの?」
恐る恐る尋ねると、ヒカリちゃんは苦笑いした。
「…なんだろうね。よくわからない。けど、連れてきたかった。それだけ。」
そう言うと、カッターの刃をしまい、スカートのポケットの中に入れた。
「…それ、病院に持って帰るの?」
「まさか。言ったでしょ?病院には戻らないって。
…私の行く場所なんて、ないから。」
あたしは、ヒカリちゃんの右腕を掴んだ。
「なに?」
この手を離したら、ヒカリちゃんが遠いところに行っちゃう。…なぜかそう思って。
「…行かないで。」
キッパリと言うあたしに、ヒカリちゃんは不思議そうに笑う。
「どうして?私が居なくなろうが、桜ちゃんには関係ないでしょ?」
あたしは首を振った。
「ちがう。
それに、このままどこか行ったら、ヒカリちゃん、死んじゃう気がする…」
「もともとそのつもりだって。」
……当たり前のように言うヒカリちゃんが、信じられなかった。
死への恐怖っていうものが、ないような。本当に感じられない。
「…だからダメ。行かないで。」
ヒカリちゃんを見つめる。
どうして、そんな簡単に死ぬって言えるの?
「私さ、もういなくなりたいの。ここから。ここにいることが、どれだけ苦しいか…!
だからさ、お願いだから、そんな事言わないで。」
…じゃあなんで?なんで、目が赤くなってるの…?
どうしてそんなに悲しそうな目をするの…?
あたしはヒカリちゃんの手を強く握った。
「嫌だ。…あたしは、ヒカリちゃんの事、知らないよ?
けど、死んじゃダメ。苦しいなら、世界中、どこにだって逃げていいけど、自分を殺すのだけはダメだよ……」
あたしには、わかる。
逃げたい、苦しいって気持ちが、どれだけ辛いものか。
けど、今になってわかるよ。生きていれば、どうにかなるって。死んじゃったら、そこで全てが終わっちゃう。
「あたしがヒカリちゃんのそばにいる限りは、絶対に死なせないから。」