お茶にしましょうか
江波くんは、私がリョウさんを奏で続けている間も、静かに見守ってくださいました。
私は、この何とも不思議な状況に、自身でも驚くほどに落ち着いていることが出来ました。
本来であれば、このような状況、1分1秒でも耐えられるはずがないでしょう。
それなのに、たった今はこれ程、気持ちが穏やかで居られます。
落ち着いて居られるせいか、普段よりも柔らかい音が出せているように思います。
「あら…?」
30分ほどは、経過したのでしょうか。
基礎練習を、ようやく終えました。
一息吐いて、辺りを見回すと、江波くんの姿がありませんでした。
驚きのあまり、また辺りを見渡すと、木の根元に、江波くんが公園に着いてから、はじめに置いた鞄だけがあったのです。
とりあえず、帰ってしまわれたわけではない、ということがわかり、安堵いたしました。
5日後に控えた、アンサンブルコンテストの曲を練習することにしました。
ファイルのページをめくり、曲を探し、それを譜面台に再び、立て直します。
この曲は、穏やかに進む第1楽章と、激しい情熱的な第2楽章で構成されています。
穏やかな第1楽章は、好きです。
歌うように抑揚をつけるのが、何とも心地好いのです。
しかし、それに相反して苦手としていたのは、第2楽章でした。
情熱的なことは結構ですが、テンポが非常に速いのです。
つい最近まで、指が回っていませんでした。
本当に最近、習得したばかりだったのです。
あとは、如何に機械的にならないか、それだけでした。
少し体が疲労を訴えたところで、一口だけお茶を飲みました。