お茶にしましょうか
私と目が合った江波くんは、小さく「すみませんっ」と叫び、慌てて距離をとりました。



「いや、その…あの時は本当に悪いことをした、と未だに反省は、しっかりとしていて…万が一、痕が残ってしまったら、どうしようかと…」

「江波くん」

「萩原さんは、女の子ですし、野郎のように傷をいくらでも、こしらえて良いというものではありませんし…」

「あの、江波くん」

「しかも、運悪く、額のど真ん中にコブときて、それからおまけに『深海魚』だなん──

「江波くん。そこまでです!」



壊れた機械のような江波くんの片腕を、咄嗟に掴ませていただきました。

そして、私の片手は、リョウさんを支えております。

あまりにも、混乱状態に陥った彼に、心配になりました。

ですから、私は彼を止めたのです。

彼が、今や既に治った私の傷に対し、ここまで混乱する程、必死になってくださる理由は、私にはわかっておりました。

江波くんは、何時だって他人想いな方でいらっしゃいますから。

ただ彼は、不器用なだけなのです。



「江波くん」



未だ、焦点の合わない彼の瞳を見つめ、私はこれ以上にない優しさを込めました。



「この傷について、あまり、気負わないでください、と大分前に申し上げたでしょう?
私は、一時でもできたこの傷のことを、偶然の奇跡だと、思っています。もちろん、それは今もです」

「え…」

「この傷を負わなければ、私が江波くんに出会うことは、ありませんでした。もちろん、今ここで、こうしていることも」




私は、江波くんの腕を掴んだままの自身の手を、少し下ろしました。

そして、掌を確と握ります。

その時、江波くんはと言うと、呆気にとられていたのです。
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