お茶にしましょうか
01.歩く深海魚
Scene1 歩く深海魚
―目が覚めると、私の視界には白い天井だけが見えました。
どうやら私は、保健室にいる様でした。
きっと長時間、眠っていたために、体の怠さを感じ、静かに伸びをいたしました。
全てがあやふやだった、その時でした。
「あっ…」
不意にその声が聞こえた方へ視線を動かせば、そこにはカーテンから顔を覗かせている長身の男子が、一人いたのです。
彼は野球をしている様な格好をして、帽子を深くかぶっておりました。
未だそこから動こうともせず、立ち尽くしている彼になるべく、やさしい声色で問いました。
「あなたは?」
「あ…すみません…」
「謝らなくたって、いいんですよ」
「あ、はい、すみません…」
どうしたことか、こちらが話しかけると謝罪を返されるのです。
顔も俯き気味でよく見えませんでしたが、きっと初対面なのだろう、そう思いました。
「あの…打(ぶ)つけたの、俺です」
「はい?」
「ぼ、ボール打つけたのはお、俺です。すみませんでした…」
そう言って、帽子を取り、もともと俯いていた頭を、さらに深く下げてくださったのです。
そういえば、私は保健室で眠る前には音楽室にいたはずでした。
私は吹奏楽部ですので、いつも通りの基礎練習を始めた頃でした。
広い音楽室でただ一人、自慢の楽器を気持ちよく鳴らしていたはずだったのです。
それなのに、白い何かが私の顔面に直撃し、何やらいい音を鳴らしたのでした。
その後の記憶は何一つ残っておりません。
私はたった今、それを思い出したのでした。
そして、わかりました。
まず、白い何かはボールであったということ。
私に打つけたボールを投げたのは、この律儀そうな野球をする姿の男子生徒であったこと。
被害に遭った時には、少し痛い思いをいたしましたが、こんなに必死に謝ってくださるのです。
許したい気持ちになりました。
「大丈夫ですよ。何処も怪我なんてしてませんから」
「え…」
不意に上がった顔をみれば、大層驚いている様でした。
そして、さらによく見ると、彼は端麗な顔の持ち主だったのです。
どうりで坊主頭がよく似合っている、と不覚にも判断した私なのでした。