お茶にしましょうか
改めて、深海魚の君に焦点を合わせると、俺の思う斜め上をいった。
閉ざされていたはずの黒いケースは、いつの間にか口を開けている。
そして、彼女の手には金色で、まるで蛇か何かが体をくねらしたような形のものがあった。
それは、楽器であるらしい。
「そのサックスが、あなたの愛人だと?」
そう言ったマネージャーは、呆れた様子で紅茶を飲み干す。
「ええ!幼いころから、ずっと一緒なのですもの」
深海魚の君は、満面の笑みで答える。
これらの事実を知った俺は、肩の力が一気に抜けた。
とても安堵した。
なぜなら、相手は楽器だったのだ。
ぶん殴られることも、けんかになることも楽器が相手ならば、決してない。
今の今まで、気を張っていた俺が、突然恥ずかしくなり項垂れた。
そんな様子の俺を見て、深海魚の君は、恥ずかしそうに微笑んだ。
そして、そのサックスと言うらしい楽器を、きつく抱きしめていた。
真実は、こうだ。
深海魚の君は、常に俺の斜め上を行く。
吹奏楽部自体は、やはりこの学校には存在してはいない。
深海魚の君の愛人とは、手足の生えた人間などではなかった。
そして、何だ。この敗北感は。
苺の甘酸っぱい香りが、項垂れている俺を慰める。
どうか、お構いなく。
何故だか、俺は泣きそうだ。
Scene 7 苺の慰め