お茶にしましょうか
Scene2 駆ける深海魚
今日も、深海魚だ。
裏庭で部員たちと昼飯も食い終わり、戯れていた時のことだ。
彼女は今日も一人で、優雅な雰囲気を醸し出しながら、闊歩していた。
歩き方を見て思うに、良いところのお嬢様なのだろうか、と考察する。
しかし、一つ気になるものは、相変わらずだった。
「おい。あれ見てみろよ」
「なんか日に日にでかくなってねぇか…?」
「つーか、大丈夫か、深海魚。なんかキョロキョロしてるぜ」
「誰か探しているのかな、深海魚」
嗚呼、皆、口々にあの人に触れるのはやめてくれ、と言いたい。
彼女が誰を探していようとも、我々には関係のないことだ。
激しく動悸と眩暈がする。
そう、彼女をあの様な姿に変えてしまったのは、この俺なのだ。
俺は野球部の所属だ。
その部活動の最中、コントロールを見失った俺の野球ボールは、見事にも4階の音楽室へと届いてしまったのである。
そして、窓辺で楽器の練習をしていたであろう彼女へ衝突した、という訳だ。
それから、彼女の眉間には大きなこぶ、が作り上げられてしまったのだ。
その外見はまさに、深海魚の様だった。
未だに込み上げてくる罪悪感と共にそう思っていたのは、俺ぐらいのものだろうと考えていた。
が、何故だ。
口に出した覚えなどはないはずなのだが、あの人の名がいつの間にやら深海魚になっている。
これには、本当に申し訳ないことをしてしまった、と反省するしかなかった。
仲間たちに気づかれない様にして頭を抱えていると、何やら視線を感じた。
人様にじっ、と見られることが非常に苦手な俺は、そういうことに関しては大変敏感だ。
何処からか送られてくる視線の先へ目をやった。
その正体とは、俺が勘繰った通りであった。
深海魚の君、だったのだ。
目が合ったと思えば、駆け寄ってきた。
その瞬間とは、背筋に何かが這う様な思いがした。
「こんにちは!再びお会いできて、光栄です…!」
こちらにやって来たと思えば、彼女はそんなことを大声で叫んだ。
こちらとしては、複雑な思いしか湧かない。
嗚呼、こんなに近づいてしまったら、眉間にある俺の罪の証がよく見えてしまう。
「うわっ、深海ぎゅぶっ…」
危うく失礼なことを発しそうになった仲間の口を、慌てて塞いだ。
すると彼女は不思議だ、という表情を一瞬見せて、あっ、と声を発した。
かと思うと、持っていた自身の弁当袋を漁りはじめたのだ。