お茶にしましょうか
私は「生徒指導室」から出た後、音楽室へと向かっておりました。
しかし、不思議なことに気が乗らないのです。
いつもならば、愛人であり相棒である、リョウさんの元へ直ぐにでも会いにゆきたくなるというのに、今はむしろ逆の気持ちで居ます。
今、会ってしまえば、辛くなってしまいそうなのです。
私ったら、本当にどうしてしまったのでしょうか。
頭の中で音楽室へ行くか、行くまいかを自問していると、ある教室から騒がしく話す男女二人の声でしょうか、不意に聞こえてきたのです。
思わず、覗き込んでしまいました。
すると、その教室の中には、愛しの江波くんとマネージャーの彼女がいらっしゃったのです。
お二人とも勉強している様子で、机を向い合せておりました。
「だから…!ああ、もう。何でこんなこともわからないのよ!」
「まだ、わからないだけだ!あと少しもすれば、わかるようになるんだ。急かすなよ。たくっ、お前はせっかちな奴だな」
「今わからないのなら、きっと一生わからないわよ。この野球バカ!!」
「ああ、俺は間違いなく、野球バカだ」
「ああ、もうっ!こんの―」
大きな声で口論していたマネージャーの彼女が、覗き込んでいた私に、気が付いてくださいました。
マネージャーの彼女は一つ、咳払いをすると立ち上がり、私に尋ねました。
「何をしているんですか?3年生の棟なんかで」
「お邪魔してしまい、すみません。先程まで生徒指導室に用がありまして…
それで、たまたま通りかかりまして…
お二人を見つけたもので、何をなさっているのかなあ、と気になりまして…」
「勉強会ですよ」
この方は、いつでも挑戦的な態度でいらっしゃいます。
それでも私は、これが彼女の中の良い個性であると、ほんの少し前に気づいたところだったのです。
私は彼女の強い意志には、非常に好感が持てます。
私が彼女の可愛らしいお顔に見とれていますと、さらにその後ろから弱々しい声が増えました。
「…そ、その子も、もし良かったらだが、勉強に誘わないか?」