お茶にしましょうか



「まずは、文化祭の有志ステージなど、どうでしょう」



私の瞼は、自然と開きました。

今までに一度も、そのようなことを考えたことがなかったからです。

大勢で集まり、合奏がしたい、とは毎日のように思っていました。

しかし、人前で披露しよう、などとは思い付いたこともありませんでした。



「どんなものをしているのか、それを人に見せてみては?実際に、俺も聴いたことがありませんし」

「そんな…聴きたいと思われますか」

「はい」



そう答えられた江波くんは、私の顔を確かと見ていました。

とても珍しいことだ、と感じました。

互いに向き合えていた私たちでしたが、やはり彼が耐えきれず、彼の瞳は他所を向きます。

しかし、私はというと、その時ばかりは、そのようなことにも目もくれず、ただただ感心しておりました。

江波くんの案は私にとって、本当に素晴らしいものでありました。

何と言っても、私には思い付くことすら出来なかったのですから。

感動するあまり、静かに騒ぐ私の心を、江波くんに感じ取られてしまったのか、彼は小さく呟きました。



「挑戦する者には、残念ながら、攻めるという方法しかありませんからね」



今日の江波くんは、いつもに比べ、非常に饒舌でありました。

しかし、その一つひとつの言葉が、私には突き刺さってくるようなのです。

そして、そのまま溶け込んでゆきます。

私にとって簡潔明快であるその言葉たちは、今まで思い悩んでいた気持ちを消していく様でした。

江波くんは、未だ未開封であったココアの缶の封を開けました。

かなりの量を一気に流し込んでしまうと、一息吐いて、彼はこうおっしゃったのです。



「まあ、俺はいつも通りのあなた…萩原さんのままで、良いと思います」



私は思わず、唇を噛みしめました。

恥ずかしさや、嬉しさからでしょうか。

私自身でも、その真意は掴めません。

私は、遠くではしゃぐ子どもたちをただ見つめていました。

彼の方が、先にそちらを見ていたからです。

何気無しに、私もつられてしまったのです。
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