お茶にしましょうか
「江波くんも練習ですか?」
「…萩原さん、も、ですか?」
彼女は、大きく頷く。
そして、彼女は今「も」と言った。
今の彼女の発言で、ようやく繋がった。
先程まで聞こえていたものは、彼女と愛人 リョウさんの奏でる音色だったのだ。
彼女は学校の文化祭で行われる、有志ステージに出場するらしい。
いつかに公園で少し話した翌日に、彼女から直々に報告があったのだ。
彼女は、実に躍動的だ。
「あれ程悩んでいた私でしたが、よく思えば…練習はどこでも出来ますよね!」
やはり強い人だ。
どうして俺の周りには、これ程にも出来た後輩が多いのだろう。
感心する半面、情けなくもある。
本当に皆、しっかりとしている。
特に、彼女のこの様な場面には、何度出くわしたことか。
「それでは、さようなら」
彼女がお辞儀をして、微笑む。
俺も頭を下げる。
すると、彼女は向きを変えて歩き出した。
その背中を見つめていると、何かを物足りなく思った。
無言で別れの挨拶は、あまりにも無いだろうと、慌てて言葉を探す。
「あの、気を付けて…!」
彼女の背中に向けて、咄嗟に叫んだ。
正しくは、大きめな声を出し言った、だ。
これで聞こえていなければ、俺はとても恥ずかしい奴となる。
そう心配していた俺だったが、気にする必要は無かった。
彼女はその場で振り返ると、照れ臭そうに微笑んでくれたのだ。
俺はその後には、何も言えなかった。