お茶にしましょうか
私は、舞台に向かって、一歩踏み出しました。
『えー、次はサックスソロを披露してもらいます。準備が出来たら、一言添えてからお願いします』
司会を務める生徒会副会長が、私の隣にて、マイクを手に待機してらっしゃいます。
私はリョウさんのマウスピース、ネックの向きを再調整をし、唇の最適なポジションを探しました。
今回、ピアノ伴奏をしてくださる音楽の先生ともアイコンタクトを交わし、準備は完了です。
司会者の方の方を向くと、マイクを手渡してくださいました。
実は、一言など、何も考えていなかったのです。
私は息をそっと、吸い込みました。
『皆さん、こんにちは。萩原と、申します。2曲、お届けいたします。
…私は、楽しみます。是非、楽しんでください!お願いします』
観客席の方々が、微かに騒めきました。
しかし、私は構いません。
演奏を開始します。
1曲目は、先生の伴奏で、セレナーデを披露しました。
これは、ジャズのスタンダードナンバーの一つであります。
愛の、歌でございます。
あのお方に届けば、どれだけ嬉しい事でしょう。
この様なスローテンポの曲は、皆さんの眠気を誘っているのではないか、と思いました。
しかし、私はそのようなことは一切、気にいたしません。
自信を持って、演奏することが出来ているからです。
何故だかわかりませんが、たった今は緊張よりも悦楽を味わうことに、必死で居たのです。
1曲目のセレナーデを終えた後、辺りは沈黙でした。
あまりの退屈に皆さん、お休みになられたのかもしれない、と辺りを見回しますと、その場に居る全ての方と目が合いました。
しかし、今は少しも恐ろしくありません。
さあ、2曲目にまいりましょうか。