お茶にしましょうか
あたりはすっかり暗くなり、下校時刻となりました。
その時刻は、この学校に一般の生徒が居残ることが許される限界、8時。
私は、急いでいました。
最上階4階から校舎の階段、ろう下を駆け抜け、やっとの思いで1階の昇降口へたどり着きました。
何をそんなにも急いでいるのかといいますと、ある光景を見たからなのです。
ほんの5分前のこと、本日の練習も終わり、楽器の手入れをしている時でした。
相棒を磨きながら、昼間の賑わいを無くした面影を眺めていると、ある人影が見えたのです。
あの静かになったグラウンドでたった一人、ひっそりと走っているではありませんか。
それが誰であったか、そんなことはすぐにわかってしまいました。
ですから、私は今こうして息を切らしながら、彼をもっと近くで見ることのできる位置までやってきたのです。
ネット越しに見る彼の姿は、まるで何かを背中に背負っている様でした。
どれだけ走っているのか、辛そうな表情でいました。
きっと何度通過したかもわからない地点にいる私を見つけて、江波くんは立ち止まってくださったのです。
浅く会釈をする彼は、額の汗を拭い、苦しそうに肩で呼吸をしていました。
「いいのですか?立ち止まってしまっても」
「これは…自主的なものなので」
そうおっしゃる彼の目は、暗く濁っている様に感じました。
周りが暗いせいもあるのかもしれませんでしたが。
「昼の試合、観てました。やはり、格好いいな、なんて…」
嗚呼、私はこんなにも江波くんを好きでいる、そんなことを今日だけでも、何度想ったことでしょう。
しかし、それを言った瞬間、彼は驚いた様子でした。
「見ていたんですか、あの瞬間も」
「エラーのことですか?」
すると、彼らしく小さな溜め息を漏らし、いつもの彼らしくない表情になったのです。