【短編】TIME RAIN
硝子戸の玄関を叩く音に一瞬、体が強張る。


洗濯物を畳む右手にあの日に感じた痛みがかすかに走った。




薄暗がりの長い廊下を玄関へとパタパタ進む。


思い過ごしならいいのに…胸中を不安が過(よ)ぎる。





玄関の曇り硝子に人影が二つ伺える。


思いきって声をかける。


声が震えないように…。




『どちら様でしょうか?』









長い沈黙の末…。




男性の低い声が返った。


『佐藤さんのお宅ですか?』


『はい…そうですが』


と、玄関越しに答える私。


無意識に左手で右手の甲を隠すように押さえる。




『佐藤信一さんが今朝遺体で発見されました。失礼ですけど奥様でらっしゃいますか?ご近所の方によりますと、こちらに2年前から住まわれているとのことですが、信一さんがいなくなったあたりからの事詳しく伺わせて下さい』




内心…ホッとした。


あの件じゃなかった。


3週間も帰ってこない“あの人”は私が待ち続けている“あの人”じゃないから、亡くなったと聞かされても、ちっとも悲しくなかった。


ただ…明日からの生活が急に不安になる。




突然の訪問者を私は家に上げた。


澤田と名乗る年季の入った中年の男とあどけなさの残る若い男の二人組は所轄の刑事だった。


問われるままに、私は彼のいなくなったあたりの事情を説明していった。




煎れたお茶が冷めきったあたりで質問が終わった。


『…定職にも就かず、親の保険金で生活してたわけですか…』


私はそっと頷いてみせる。


『お金の管理は?』


『あの人が全部やりくりしてました。足りなくなったら言えばと、銀行のキャッシュカードを渡されてます』




『信用されているんですね』


…コクンと首をふる。


『籍を入れてないのは?』と若い刑事がはじめて質問する。


『3回忌が終わるまではと思い…』




声をわざと詰まらせる。




また連絡すると告げ刑事が家を出た。








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