【短編】TIME RAIN
私は履いていたサンダルを澤田に蹴り飛ばし、裸足のまま砂利道を後へと走った。


走りながら右手の甲に爪をたてる。


鮮血と激痛を伴って指先の爪が伸び、白刃の5本の爪が右手を被った。




かつて…海に住む人魚の娘が、その美しい美声と引き替えに2本の足を得たように、私は…金色のハーブを奏でる美しい指先と引き替えに妖獣白虎の爪を得た。


これで深い大気の地上でも生きられる。


若い男が懐に入れた右手をそこから出す暇は永遠に訪れることはなかった。


喉笛が切り裂かれヒューヒューと空気が零れ落ちている。


激しく噴き出した鮮血もゴボっと異音を残し、砂利道を深く濡らしていった。




『新米エリート君には荷が重過ぎましたか…』


私の獣の爪から男の鮮血が滴り落ちる。


『しかし、それも今日限りですよ』


澤田はヨレヨレのトレンチコートから昔ながらの十手を取り出した。


『悪いなぁ、俺んちは代々コレでね。元…天女様だか女神様だか知らんが、暗黒界に住む妖魔と通じて半妖魔に成り下がった以上は地上で好き勝手にされちゃ困るんでね。
上は神さんのもので、下は妖魔さんのもの。で、ここは俺たち人間様の世界だからな!』


澤田が前に出た。


何の前触れもなく、ただ、2、3歩…歩いただけだった。


前髪が一房払われ、左頬を熱い筋が走った。


『!!』


澤田との距離が掴めない。


十分にかわせる距離にも関わらず、私の懐に澤田が入っていた。


『跳ね飛びか…』


『正解〜♪』


人間のくせに忌ま忌ましい。


神々や妖魔が地上に現れるには理(ことわり)が必要なのに、時々…人の中にはそれを凌ぐ、異能を持った者が生まれる。


跳ね飛びは文字通り、空間を捩り短いながらも跳ぶ技だった。


妖獣白虎の反射神経を受け継いだとはいえ、歴戦の戦士相手には分が悪い。


澤田は笑っていた。


楽しんでいた。


一つ一つの傷はたいしたことないが、全身に刻まれた傷跡は戦意を削ぐには十分だった。




いつだって諦めない。


女神を辞めたあの時から…。


いつかチャンスが訪れる
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