溺れてはいけない恋
階段を見上げるとドアの前に執事らしき男性が立っていた。

俺は渋々階段を上り

閉じたドアの前で足を止めると声を掛けられた。

「遠藤様、お待ちしておりました。」

重厚な正面のドアを開けて俺を中へ通すと

自分の背後でドアを閉じ

俺の右斜め前を歩き出したので後を追った。

エントランス・ホールはだだっ広く

真ん前に巨大な階段があって

左右には奥へ続く廊下と幾つかのドアが並び

壁にはデカい絵画が同間隔で掛けられていた。

25mは歩いたと思う。

やっと立ち止まったドアの前で

彼が中へ入るよう言った。

「こちらでございます。多良様がお待ちです。」

ドアを通るとリビングだった。

広すぎる居間だ。

光沢のあるベージュ系とモスグリーン色で統一されていた。

調度品は全てダークブラウンだ。

よく見るとアンティーク家具で

俺には価値があるのだろうくらいにしかわからなかった。

「一輝さん、いらっしゃい。お待ちしておりました。」

百聞は一見に如かずだ。

俺はもう二度とここへは来ないつもりでいた。

多良は優し気な眼差しで俺を見つめ

内に秘めた何かを持っているように思えた。

それはきっと誰にも動かせない強いものであると感じた。

だが俺には多良に魅かれるものは何もない。

彼女が俺を選んだ理由も不明だ。

三上が余計なことをしただけだ。

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