溺れてはいけない恋
「着いてすぐに申し訳ないのですが、おばあさまに会っていただきたいのです。」

俺は家を案内してもらえるだけかと思っていたが

家主に会うとははなはだ面倒だ。

「わかりました。」

多良について2階へ上がった。

階段に一番近いドアの前に来た。

軽くノックをして部屋に入った。

窓が大きく明るい空間だ。

窓の外にはプールが2つあり

どちらも青々とした水をたたえていた。

その隣にテニスコートが1面あり

その向こうに小振りなゴルフコースの芝が続いていた。

山の中とは思えない光景だ。

多良の祖母はデスクから立ち上がり

つかつかと歩いて部屋の中央に立った。

70歳代とはいえ美貌の名残りがまだあった。

「紹介します。こちらが遠藤一輝さんです。」

多良はそばに来るよう俺に手を向けた。

祖母は顎をツイと上げ

値踏みするような一瞥と

軽蔑するように口元を曲げてせせら笑った。

「大したことないわね。」

俺への第一声に多良が気を遣うのを

俺はその場の空気でわかった。

「おばあ様、私が選んだ人です。」

「だから、何なの?私が認めるとでも?」

「認めていただけませんか。」

「多良、私に何度言わせれば気が済むのかしら?貴女の婚約者は決まっているのよ。」

その気丈の激しさは一体どこから来るのだろうかと

俺は不思議でならなかった。

多良も負けてはいなかった。

「とにかく私は母のようにはなりませんので、それは前々から伝えてあります。」

多良の母親は祖母の言うなりに人生を歩んできたようだ。

母親の真意はわからないが。

祖母は多良の反抗的な全てにいつまで耐えられるだろうか。

俺はいささかなりとも見物客の態でいたが

二人の言い争いは今に始まったことではないし

俺が巻き込まれる筋合いはない。

俺は多良とは何の関係もないからだ。

この時点でそう思っているのは俺だけだった。

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