ハッピーエンドはお呼びじゃない
 豆腐の味噌汁は完成したらしく、台所には焦げていない味噌汁の香りが充満していた。

 鍋の前には叔母たちが立っている。そして、その近くのテーブルの下に私の荷物があった。

 叔母たちにまた関わるのも面倒なので、できるだけ音を立てないで、気づかれないようにしながら荷物を取った。

 そしてそのまま、また廊下へ。廊下にでたらまず左へ。突き当りまで進んだら、また左。そしてまた、左に進む。あとはひたすら進めばいい。廊下の端、そこが私の泊まる部屋。

 例え、畳の色が汚く、おかしくなっていても私が泊まる部屋だ。

 例え、障子が黄ばんでいて穴だらけであっても私が泊まる部屋だ。
 
「でもさあ、限度ってものが……」
 
 全ては口にしなかった。呆れて口が動かせなかったのだ。

 想像を遥かに超えた汚さに私は立ち尽くすのみだった。

 恐らく明日明後日はこの部屋の掃除に殆どの時間を取られるだろう。嗚呼、忌々しい。

 呼吸するだけで喘息になりそうな部屋の出窓から外を覗く。出窓は埃だらけで手を置くのも躊躇われたが、まあ、後で洗えばいいやのズボラ精神で外を覗き込んだ。

 そこには向かいの東屋とコンクリート塀くらいしか見えない、去年と全く同じの風景。

 これなら、ご近所さん家に埃が飛んでいって迷惑になることもないだろうと、容赦なく窓を開け放つ。

 丁度吹いた勢いの良い風に乗って飛んでいく埃、あと少量のカビ臭さ。

 漸く、まともに呼吸ができそうだ。

 しかし、一体何時から掃除していないのやら。少なくとも一ヶ月や一季節なんて生易しいものではない。一年くらいは放置しなければ……。

 まさか、去年、私が帰ったときから掃除していないのか?

 なんてことだ。この家の住人は呼吸器に異状をきたしたいのだろうか。馬鹿なんだろうか。ハウスダストなんて、近年で怖い病(?)の一つではないか、それに自分から罹りにいくとは。絶対に真似したくない。というか、この家の人間、やっぱり、朔と千代さんを除いて皆、阿呆もしくは馬鹿なんじゃなかろうか。

 私の頭をこれ以上悪くしないためにも、本家との付き合い、考え直すか。そう決心した私は取り敢えず荷物を適当なところに置いた。

 桜模様の襖の押し入れを見てみると、布団は案外清潔だ。これなら、夜、布団の埃やらダニやらで眠れないなんてことはなさそうだ。

 私は部屋を見回す。

 西に出窓。南に押し入れ。北に障子で、東に襖。出窓の下に、文机があって、その上には電気スタンド。文机の隣に先程置いた荷物。それ以外は特にない。何も。

 私はこの何も無い部屋で夕飯時まで蝸牛のように隠れて過ごそうとも考えたが、手伝わなければ夕飯時に愚痴愚痴女子トイレ内の女子よろしく、皮肉と悪口を言われるのは目に見えているので、憂鬱な気分を抱えながらも、また、出刃包丁を持って彼女たちを追いかけ回す妄想をすることでその気分を和らげた。

 しかし、二度目ともなると、憂鬱な気持ちはどうにも拭えず、腹の底にどす黒い何かが溜まっていくのを感じていた。
 
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