ハッピーエンドはお呼びじゃない
「別に時間はどうでもええで。つっちゃんは怪我してへん?」
「……ご心配痛み入ります、朔様。私は全くの健康体でございますので、ご安心ください」

私は廊下から声をかけてきた男──、三条朔にそう返す。

彼は馬鹿だ。自分の立場を、私の立場を理解してない。
例えるのなら、朔は王様、私は乞食。王様が一人の乞食に肩入れしたらどうなるか?

「……王政崩壊」
「何ぞ言うた?」
「いえ、何でも」

こっそりぼそっと呟いた声、ハッキリ聞かれなくて良かった。

「えー、今日の味噌汁、野菜やの? 嫌やわぁ」

五月蝿い、病弱。黙って栄養あるもん食え。心の中で、朔にそう言った。

朔は病弱だ。おちゃらけた健康体に見えるが、同年代の肌と比べると白すぎる肌をしてるし、ひょろっしてて、細い。そして、身長は高い。

あ、間違えた、これじゃあ美少年だ。病弱じゃないや。

言い直す。朔は、幼い頃は入退院を繰り返し、15歳となった今でも薬は複数使ってる。
病弱は黙って栄養のあるもん食え。

心の中でさっきと同じ言葉を繰り返した。

「つっちゃん、味噌汁野菜やのうて、豆腐にならへん?」
「……お医者様の勧めたものををお食べください」
「ええやろ? お願いやから!」
「……」

叔母たちをちらっと見る。

──答えたくないわよ。
──自分の答えに責任持ちたくないもの。
──そっちで対処しなさい、月子。

私は叔母をわからない程度に睨んでから、朔に向き直る。

「一度、お医者様に聴いてみてください。今日、入らしているはずでしょう?」
「坂口先生、おとろしいねやけど」
「私の独断では判断できません。お願いします」

私だって、責任を押し付けられるのは御免だ。こういう時は、坂口先生に押し付けるに限る。
素人が口出して言い訳ない。

「……わかった、聞いてくる」
「是非、そうしてください」

私の為にも、是非ともそうしてくれ。そして、もう二度と、私に話しかけないでくれ。

朔はパタパタと坂口先生の部屋に向かう。おい、病弱、そんなに走っていいのか。喘息出ても知らないぞ。


私が廊下からコンロの方に目を向けると、叔母たちが鍋の前に立っていた。

「さあて、味噌汁作り直さなきゃね。あ、月子ちゃん、おばあちゃんに挨拶してらっしゃい」

名前も知らぬ叔母が言う。遠回しに、いなくなれ、と。

「……はい」

私は返事をして台所から出て行った。
豆腐は別に体に悪いものじゃない。食べ過ぎなければ、寧ろいいものだ。坂口先生もすぐに許可を出すだろう。

──だから叔母は味噌汁を作ることにしたのだ。

自分が作ったものを朔に食べさせたいのだ。もし、気に入ってもらえれば、優遇してもらえるかもしれないから。
……わかりやすく権力に媚びる人って気持ち悪い。
ドラマとかアニメなら愉快なキャラクターとして見れるのに。やっぱり現実とは違うね。

祖母の部屋へ進む足を少し速めながらそう思った。


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