ハッピーエンドはお呼びじゃない
さっさと暴露してしまおうか。三条家の血は、関係は複雑怪奇だ。

 人が多い以上、仕方のないことだが、人の性格がさらなる複雑さ、奇怪さを呼び寄せた。と形容するに相応しい家だ、三条家とは。

 まあ、これ以上言うと「分家の分際で」と、言われるだろうし、私も三条家の人間関係などに一切興味はないから、これ以上語るつもりはない。必要最低限のことだけ語る。

 今の家長は祖母──、千代である。

 千代さんは、三条家の女性には珍しく、竹を割ったような性格とその行動力のため、曾祖父が認知症になる直前、家長に任命された。(任命、というのもおかしい気がするが)

 千代さんの旦那、祖父の成一が「おい、俺の立つ瀬がねえじゃねえか」などと言い出したことも嘗てあったが、千代さんが下駄で頭を叩いた後、折檻すると落ち着いてくれた。

 この話を聞いた時、私は女が強いのは日本共通か、とも思ったし、大和撫子とは、とも思った。まあ、大和撫子なんて絶滅危惧種が三条家にいる訳がないか。
 
 私は廊下を歩いていた。天井の頼りない蛍光灯と、歩く度にギシギシと音を立てる床は仕様だ。

 この廊下の最奥の襖の向こうが千代さんの部屋。家長をこんな廊下が目の前にある部屋に住まわせるなと言いたいが、これもまた、三条家に根付いてしまった文化である。私は口出しできない、したくない。
 
「失礼します」
 
 白菊の襖を開けた。そこは青々とした畳が敷いてあり、その上には文机と桐箪笥、床の間には堂々とした『捲土重来』の掛け軸。それだけの簡素な部屋だった。

 そして、その部屋の真ん中に千代さんは居る。

 彼女が何を考えてそこに座っているのかは私にはわからない。しかし、千代さんがするのであれば、よく分からない行動でさえも何が神秘的な感じがし、とてつもなく美しく感じられてしまう。まるで斜陽のお母様の様だなと思った。これから千代さんのことを『お母様』と呼ぼうか。
 
「月子ですか。よく来ましたね」
「どうも」
 
 千代さんは私に意地悪はしない。しかし、必要以上関わらない。此方だって別に構われることを望んでいるわけじゃないからなんとも思わない。寧ろ、程よい距離なので安心さえする。

 叔母たちの意地悪だって小学生に足を踏まれるようなものだ。気にしたことはあまりない。
 
「響子は、どうしていますか?」
 
 千代さんは母の名前を出した。勘当同然とは言え、勘当したわけではないし、追い出したのは曽祖父だし、何より、娘のことは気になるか。
 
「今年の四月から海外勤務です」
 
 母は、優秀な人間らしく今年の三月までとある大企業のとある課(ブラック)の課長をしていた。そして、四月からは新しく吸収合併した海外企業の会社で働くことになった。

 最後に見た母は右手に書類入りの鞄とスーツケース、左手にエナジードリンク3本を持っていた。正しく社畜。会社でも「社畜の鑑」と言われていた。うれしくない。
 
「そうですか。月子は?」
「私は変わりませんよ、平々凡々です」
 
 そう、平凡だ。

 銃弾や矢で貫かれたような恋も、何かに一喜一憂するような青春も、何もない。

 あるのはテストのあと帰ってくる平均点ピッタリのテスト用紙と、ぐーたら、だらだら続けてた部活。
 
 青春なんて青くない。春じゃない。少なくとも、私はそうだ。

 灰色の冬みたいな青春。それが私の青春だ。
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