ハッピーエンドはお呼びじゃない
「一生に一度の青春なのですから、もう少し謳歌しても良いのでは?」
「謳歌してますよ」
 
 例え、灰色の冬みたいな青春だろうが、本人が楽しければ謳歌してることになるわけだ。

  隣の席の友達が美少年で、後輩は面白いやつで、部活で年1回誰も読まない部誌書く。地味だし、意味なんて無い青春だ。しかし、私は楽しかった。だから、この思い出を胸に受験戦争に臨みますよっと。

 というか、突っ込むの面倒だから言わなかったけど、受験生に何遠出させてる。近畿来るくらいなら、寒い家で英単語覚えてる方がいい。受験生に年末年始があると思うな。受験生にあるのは合格か不合格のどちらかなんだよ。

 誰しもが島原や朔みたいな天才児だと思ってくれるな、私のような出来損ないもゴロゴロいるのだから。
 
「……では、そろそろ失礼致します」
「月子」
 
 千代さんは立ち去ろうとした私を呼び止めた。何の用だと私が振り返ると、彼女は困惑した微笑みを携えながら言ったのだ。
 
「朔を、よろしくお願いしますね」
 
 と。
 
 ……何だか、とても嫌なフラグが建設された気がする。気のせいであると願いたい。

 だが、残念な事に私は頭はそこまでよくないくせに察しがいいもので、この予感が気のせいではないことと、自身が面倒ごとに巻き込まれたことを察してしまった。

 そして、頭の悪さ故に面倒事の具体的な内容及び、対策がわかりやしない。どうしてくれよう、この状況。
 
 兎に角、一度、退室しよう。このまま無言で居続けるのはいたたまれない。

「はあ、わかりました。それでは失礼致します」
 
 少し曖昧な返事をして、部屋から出た。そこは矢張り頼りない蛍光灯とギシギシ鳴る床の廊下で、それなのに、千代さんの部屋よりも安心感を覚えた。

 私は元より他人と一緒にいることをあまり好まない性格で、他人と居る自室より、誰も居ない学校の階段の踊り場の方が大分マシだと公言している。

 だから、今日だって千代さんといるよりも誰も居ない、私一人のボロっちい廊下の方が心落ち着くのだ。

 しかし、落ち着くと言っても所詮他人の家。期待していたほど、落ち着いたわけでもない。
 
「……ああ、そうだ、荷物。あと、泊まる部屋に行かなきゃ」
 
 やるべき事を思い出した私は、台所に向かった。しかし、その足取りは大変重く、私はこの足が本当に自分の足なのか疑ったくらいだった。

 台所への道も遠く感じられ、嗚呼、それはもうだいぶ疲れているな、幻覚でも見えやしなければいいのだけども、なんて考え始めている。

 こんな早々に疲れてどうするのだ、明日からはもっと酷いと言うのに。体力の衰える歳でもないだろうと、己を叱責した。

 疲労の原因は恐らく例年通りの長時間移動、来て早々の叔母による意地悪(気にしてはいないが傷つかない訳では無い)、突然の朔の登場、そして、面倒事の気配。これらだろう。

 この家の奴らが私より目上でなかったら、私は今頃、幼少期の坂口安吾如く、出刃包丁を持ってあいつらを追いかけ回しているだろう(朔と千代さんは除く)。

 脳内でそのような妄想をすると幾分か心と足が軽くなり、廊下も短く感じられるものだった。

 
 
 
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