月夜に綴る恋の噺
息を吸い込むと、煙草とムスクの香りが鼻腔に広がった。
身じろいだ所為か薄い白紙が音を立て、それに包まれた二本の白い花が揺れる。
最早断崖絶壁と言っても過言では無いこの場所は、自殺の名所としても知られている場所。岩肌が露出し、草一つでさえ生えない場所。
そんなこと、分かってるのに。
分かっていても、嫌でも毎年思ってしまう。
「………なんで」
どうして何も残っていないの?
二人は確かに此処で生き、自ら尊い筈の命を絶った。
それなのに、どうしてその証さえも残っていないの?
等間隔に立てられた看板を四つ数えた所で、半歩後ろを歩いていた後輩が訝しげに訪ねた。
「先輩、どうしてこんな危ない場所に?」
「そーだね」
「…聞いてます?」
「……」
後輩の言葉は至極最もなものだ。
そんなこと、此処が危ないなんてこと、もし君が知らなくても私が一番知ってるよ。
下を見れば荒れた波。
後ろを見れば困惑顔の後輩。
過去と現在を未だ未練がましく彷徨う自分は酷く馬鹿らしい。けれど、それでも――。