月夜に綴る恋の噺
落ちるか落ちないかギリギリの所まで小走りで向かい、心配症な後輩が声を荒げない内にと、静かに両手を合わせて目を閉じる。
「せんせい」
そして最愛であった先輩。
「先輩?」
「……お久し振りです」
お元気でしたか、なんて言葉は愚問。
あの二人ならば私の心配無くとも元気に過ごしているだろう。
当時は未成年だった先輩も今は立派に成人して、酒のひとつでも飲んでいるのだろうか。
──先輩の隣に居るのが先生であればいいと思ってしまう私は、結局のところ何がしたいのだろう。
ただ、珍しく背後で黙りこくっている後輩のことが気になっているのは間違いの無い事実なのだ。
……とても、不本意ながら。
目を閉じた顔に苦笑が浮いた。
先生、先輩。
今回は恨み言とか愚痴とか、そういった類のしがない嫉妬じゃないですよ。
そうですね…言うなればただの報告です、事務連絡。
私、好きな人が出来たみたいです。
やっぱり先輩と比べてしまう時もあるけれど、それでも好きだと思える人です。
「ねぇ」
「はい?」
サークルの中で一番仲の良い…ああそうだ、貴方達も知っている、私の昔からの親友ですよ。
私が好きなのは、そんな親友をして忠犬と言わしめる位に犬っぽい後輩なんです。
本人曰く私限定らしいですけど、笑えますよね。
「ここ、何の匂いがする?」
他には…そうですね、貴方たちと違って頭は良くないです。
でも方向感覚は優れてます。
先輩の言ってた通り、方向音痴なのは頭の良い人っていう噂話は正しいのかもしれません。
何でしたっけ、帰納法でしたっけ?
「潮の香りがします、けど」
「ふぅん」
どちらへの言葉も断ち切って、揺れる白波と青の境界に目を細める。
二年前、目の前で消えた先生と先輩を追って、あの中に身を投じてしまいたいと思った。