月夜に綴る恋の噺
すん、と鼻を鳴らし僅かに空気を体内へ。
感じるのは軽いメンソールの煙草と、あと甘さの混じるムスクの残り香………え?
「……あー、本当だ」
「え」
「いや、潮の香りだなーって」
「…っつーかそれ以外に何か匂います?」
「……全く、だよねぇ」
去年よりも少々乱雑に白花を海へ投げ込み、普段はサングラスで隠している琥珀色の元へ足早に歩み寄る。
思わずといったように後ずさりした後輩のネクタイを掴み、ニヤリと笑って見せた。
「ちょ、なに」
「黙って」
「は、…んっ」
慌てた様子の後輩の口を塞いでみると、彼は次の瞬間驚きに見開いていた目を細めて笑う。
おいこら何だその目は。
妙に居た堪れない気持ち半分で睨みつける。気の済むまで唇を触れ合わせたあと、軽く肩を叩かれて唇を離すと耳元で声がした。
「先輩って随分とかっわいーキスするんですね」
あーそうかい。
こんな場所でどんなキスをして欲しいのかな君は。
そのまま後輩の横を通り抜け、海に背を向ける。
視界の端に、見覚えのある白が揺れた。
「…あぁ」
きっと私は、貴方たちと共に生きていくことは出来ないと感じていたのだと思います。
だから、後を追うことも未来へ進むことも出来なかった。
ごめんなさい、そしてありがとうございました。
「…帰ろう、ウミ。話したいことがたくさんあるの」
「え、先輩?」
また、今度は全部知っている彼と来ます。
親愛なるお二人へ。
それまでも、これからも──
腥さを孕む水っぽい香り。
看板に括りつけられた白い布切れ。
それは、二度とは戻らない過去の記憶。
「…どうか安らかに」