スノーフレークス
 私は走りながら言ったが、隊列の皆は誰もクラスメートに注意を向けようとしない。皆、暑さで頭がどうかしちゃっているのだろうか。

 私は思い切って隊列を離れ、女の子が倒れているところに駆けていった。グラウンドのラインの内側では、スラリとした色白の女子生徒が倒れていた。長い黒髪が砂色の地面に散らばっている。その端正な横顔を見て私は気がついた。彼女は私が登校初日に見かけた厚着の女子生徒だった。私は彼女に近寄って軽く体を揺らした。
「大丈夫?」
 女子生徒の名前を呼ぼうとしたがそれがわからない。彼女は私の呼びかけには答えず、青白い顔をして気を失ったままだ。
「せんせーい! 生徒が一人倒れてまーす!」
 私はありったけの声をふりしぼって、遠くにいる教師を呼んだ。校庭の向こう側で仁王立ちをしている北島先生はなかなか私の声に気づいてくれない。
「せんせーい! 早く保健室に連絡してくださーい!」
 声が裏返るほどに叫ぶと、やっと教師や他の生徒たちが私の呼びかけに気づいた。北島先生は体育大学仕込みの俊足で私たちの所まで駆け寄ってきた。
「まあ、大変! 氷室さん、この暑さで倒れちゃったのね」
 先生が叫んだ。彼女の名前は氷室というらしい。
 この人たちはなんと悠長なのだろうか。私が氷室さんという子が倒れたのを発見してから、すでに五分は経過しているはずだ。今さっき私が助けにいかなかったら、皆はそのまま体育の授業を続行していた気がする。こんな優秀な生徒の集団なのにどうしてクラスメートの異変に気づかないのだろうか。うだるような暑さの中で私の頭は混乱した。

 連絡を受けた養護教諭が二人の若い男の先生を引き連れてやってきた。氷室さんは担架に載せられて保健室へ運ばれていった。
 それから、何事もなかったかのように一同は授業を再開した。皆は一瞬だけ動揺していたけど、あとは黙々と体を動かしている。誰も倒れた氷室さんの容態を気遣う言葉を発さず、まるでアクシデントなど生じなかったかのような雰囲気だ。空気の流れが完全に変わってしまった。

 体育の後、水飲み場で水分を補給している時に私は谷口さんに話しかけた。世話焼きの彼女ならさっき倒れた氷室さんの容態を案じているに違いない。
「さっきの子大丈夫かな? 熱中症にやられたみたいだったけど」
「ああ、氷室さんね。今、保健室で休んでいるし、大丈夫でしょ」
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