スノーフレークス
 意外にも、谷口さんはあの子のことには関心が無い様子だ。
「あの子、氷室さんっていうんだね。うちのクラスにいたのに気づかなかったよ」
「そう。彼女、昨日一昨日と休んでいたのよ。夏バテしてちょくちょく休むの」
 どうりで、転校してから三日も経っているのにあんなきれいな子の存在に気づかなかったわけだ。
「かわいそうな子だわね。さっきの授業では誰もあの子が倒れたのに気づかなかったわ。私が気づかなかったら大変なことになってた」
 私は自分が感じたことを谷口さんに話してみた。
「そうだったの。彼女、いつも一人で行動しているから、存在感が無いのも事実なんだけどね。私たちだって別に仲間外れとかにする気はないんだけど、向こうは一人でいるのが心地いいみたい」
「ふうん」
 ちょっと変わった子なのだろうかと私は思った。
「それよりもうすぐ授業でしょ。私、今日日直だから黒板を消しに教室に戻らないと。じゃあ、お先に」
 そう言って谷口さんは走り去った。

 氷室さんの具合が気になったから、私は昼休みに保健室に顔を出した。
 私はノックをしてから引き戸を開け、保健室の中に入った。教室よりも薄暗い部屋の中は水を打ったように静まりかえっている。彼女はカーテンに覆われたベッドの上で眠っているのだろうか。
「二年三組の日向ですが、氷室さんの調子はどうですか」
「ああ、氷室さんなら今さっきお母さんがお迎えにきて帰ったわよ」
 養護教諭がデスクの所で私に返答する。
「そうだったんですか。体育の時間はひどく悪そうでしたけど」
「お母さんが来られる頃には意識が回復していたわよ。もう大丈夫よ」
 虚ろな目をした養護教諭は氷室さんの体のことなんて大して関心がなさそうだ。
「そうですか。それなら安心しました」
 私は彼女の言葉を受けてとりあえず言葉を返した。

 私は保健室を出た。一階の廊下を歩いて正面玄関の前に差し掛かると、すぐそこの車寄せの所に紺色のフォルクスワーゲンが止まっているのが見えた。
 氷室さんがその車に乗り込む姿が廊下の窓から見える。お母さんと一緒に帰宅するところだ。最初に見かけた時同様、白い日除け帽を目深にかぶり、この暑いのに薄手のカーディガンを羽織っている。
「やっぱりもう少し様子を見るべきだったのよ」
 開けられたドアの奥からお母さんと思しき人の声が聞こえる。
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