スノーフレークス
「だって、いつも体育を見学ばかりしているのは不自然じゃない」
 氷室さんが答える。
「でも無理のしすぎは良くないわ」
 そこで車のドアが閉じられた。
 やはり氷室さんは体の調子が良くないのに無理して体育の授業に参加したのだ。もしかしたら、うちの母さんみたいに体があまり丈夫ではないのかもしれない。

 教室に戻ってから、担任教師からもらったクラス名簿を取り出した。生徒たちの名前を上から順番に見ていくと、「氷室翠璃」という名前が私の名前「日向葵」の下にあった。名前に使われている難しい漢字の上には「ミドリ」とフリガナがふってある。全体的に冷たく冴えた感じのする氏名だ。

 昼休みに私は古城高校の学生食堂に向かった。父さんが今日はお弁当はいらないと言うから、何も作ってこなかったのだ。
 食堂では谷口さんたち四人組が昼食を食べていたので、私も仲間に入れてもらった。
「今日は学食なんだ」
 佐伯さんがたずねてくる。
「うん、いつもはお弁当を持ってくるんだけど、今日は父さんがいらないって言うから作らなかったの。職場の人たちとランチを食べにいくみたい」
 私が答える。
「日向さんってえらいよね。病弱なお母さんの代わりに家事をやってるんだもん。私なんかカレーしか作れないよ」
「そんな大したもの作ってないよ」
 佐伯さんの言葉を受けて私は謙遜する。
「日向さんの言う『大したことないメニュー』ってどんなよ? 昨晩作ったものをちょっと言うてみ」
 高瀬さんがたずねる。
「えー、そんな大したことないって」
「いいからいいから。私たちの後学のためになるんだから教えてよ」
 眼鏡の奥で高瀬さんの目が笑っている。
「えっと。まずメインは鶏の唐揚げの甘酢あんかけで、ご飯は豆ご飯だったわ。揚げ物を出したから副菜に酢の物を添えたの。で、この町は魚介類が豊富でしょ。だからハマチの刺身も出したの」
 私が言葉を言い終えると、四人組が一斉に感嘆の声を上げる。
「すごーい! おかずのバランスも考えてて完璧主婦って感じ!」と藤井さん。
「甘酢あんかけだなんてレベルが高い唐揚げね!」と谷口さん。
「栗原はるみの料理本に載っていそうなメニューだわ!」と高瀬さん。
 皆の賞賛を受けて私は頭を掻いた。私にとっては当たり前のルーティンワークだけど、彼女たちには新鮮なことに聞こえたみたいだ。
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