スノーフレークス
「初めまして。僕は一組のパターソンだよ。何か部活動に入ろうと思ってない?」
「これって勧誘?」
 私はクリスにたずねる。
「そうだよ。僕は君を我がESSに勧誘してるんだ」
「ESS?」
「English Speaking Societyの略称だよ。平たく言うと『英会話クラブ』さ。部員たちと英語で楽しくお話ししましょうという趣旨のクラブだよ」
 ハーフのクリスは英語の部分をとても上手に発音してみせた。
「そう。申し訳ないけど私、部活なんてする暇はないのよ。それに英語も得意じゃないし」
 不得意なのは英語だけではないけど。
「ノー、ノー、ノー! 日向さん。うちの部は英語力なんて不問なんだよ。HelloとThank youが言えればそれでOK。運動部と違って拘束時間も短いし、活動日も特に決まっていないから勉強に差し支えたりはしないよ。高二の途中から始めるにはまさにぴったりの部活動だよ」
 進学に力を入れている本校では部活に加入するのは任意だったはずだ。
「ごめんなさい。今言ったように、私、放課後は忙しいの」
「君も駅前の黎明予備校に入ったの?」
 私はかぶりを振り、学生カバンからおもむろにリバティ柄のエコバックを取り出した。
「何それ?」
 クリスはたずねる。彼は灰色の目を見開いて一心にナイロン製のバッグを見ている。
「エコバッグよ」
「Eco bag?」
  彼は私の言おうとしていることを理解しようとして、眉根を寄せる。
「私、うちでは主婦やってるの。これから買い物にいって、夕飯を作らなきゃいけないの」
 私は上方にあるクリスの小さな顔を見上げた。
「へえ。君は勤労学生というわけだね。本校でそんな殊勝な生徒に会ったの初めてだよ」
 勤労学生っていうのとはちょっと違うと思うけど。 
「まあ、今日は七時間目が無いから、ちょっくら休憩しない? 三時のおやつに部室でスコーンと紅茶をご馳走するよ」
 スコーンと聞いて、私のお腹はきゅるきゅると間抜けな音を立てた。今日の昼はすうどん一杯しか食べていないからお腹が減っていたのだ。よりによって男子の前でお腹が鳴ってしまうなんて、私は恥ずかしさで顔を赤らめた。
「お腹は正直だな。じゃあ、決まりだ。ESSの部室においで」
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