スノーフレークス
 氷室さんは間違いなく古城高校で一番の美少女だ。横浜に住んでいた時ですら、彼女ほどきれいな女の子に会ったことはない。それにもかかわらず、学校における彼女の影は極めて薄い。あれほどの美少女なのに、クラスの男子が彼女のことを意識するようなこともない(私が気づいていないだけかもしれないけど)。
 教室の中で、氷室さんはいつも一人で佇んでいるけど、クラスの皆にとってはそれが当たり前の光景になっている。一人で昼食を食べ、一人で他の教室に移動し、一人で休み時間を過ごしている。彼女はまるで透明人間のように自分の席に座っている。誰も彼女に関心を払わないし、誰も彼女のことを語らないし、誰も彼女を見ない。あの世話好きな谷口さんでさえ、一人ぼっちの彼女を自分たちの仲間に入れてあげようとはしない。この前彼女が体育の時間に倒れた時は、クラスの誰もそのことに気がつかなかった。

 氷室翠璃は自分の殻に閉じこもって、一体何を考えて生きているのだろうか。彼女と話をしてみたいけど、なかなかそのきっかけがつかめない。私が話しかけようとする時はいつも、彼女は廊下の向こう側に消え去ってしまうのだ。それはまるで私の動きを察知しているかのような行動で、ちょっと気味が悪い。
 だけど私は考えていた。そのうち、氷室さんをあの部室に連れていきたいと。あの部屋なら、孤独なはみ出し者の彼女を受け入れてくれるに違いない。人の好いクリスと手島君が彼女の話し相手になってくれるだろう。
 谷口さんは「あの子は放っておけばいい」なんて言っていたけど、私は何故だか彼女に引き付けられてしまう。理由はわからないけれど。自分がこんなにお節介だったなんて知らなかった。

 結局、氷室翠璃をESSに誘う計画はうまくいかなかった。休み時間に彼女を強引に捕まえ、楽しい部活があるから入らないかと誘ってみたけど、彼女は首を縦に振らなかった。氷室さんは「勉強が忙しいから」と言って私の誘いを断った。この学校の生徒がよく使いそうな理由だ。私だってクリスに勧誘された時は「面倒くさいな」と思ったくらいだから、彼女のような付き合いの悪い人が断るのもわかる。
 彼女の声を初めて聞いた私は、自分の心を冷たい手で撫でられたような気持ちがした。それは透明で冴えた声色だった。
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