スノーフレークス
 秋は物思いに耽る季節だそうだけど、地理の教師からノートを再提出するよう言い渡され、私の気持ちは沈んでいた。彼が課したのは「オーストラリアの中央部は年々砂漠化の一途をたどっている。その理由を六十字以内で説明せよ」という論述形式の問題だ。これまでの問題は暗記や練習をすれば対応できたけど、こういう論述形式の問題は日本人学生が最も苦手とする問題だ。この私も御多分にもれない。

 放課後。頭の中でああでもないこうでもないと考えながら、私は校庭を歩いていた。小脇には、教師の厳しいコメントが記されたノートを抱えている。クリスたちだったら喜んで私を助けてくれるだろうけど、最初から答をまるごときくのはよろしくない。ある程度自分なりの答案を用意した上で、彼らの助けを求めるのが筋だろう。

 気がつくと私は裏庭に達していて、目の前には池が広がっていた。前にクリスが話してくれた、いわく付きの「問わず語りの池」だ。水面には黄色く色づいた楢の葉が浮かんでいる。
 私は青緑色の水面を見下ろす。この池は成績不振の生徒を呼ぶ力でもあるのだろうか。丑の刻ではないけど、今にも水の中から不気味な声が聞こえてきそうな雰囲気だ。
 ぼんやりしていると、手に持っていた地理のノートの間から地図のプリントがするりと抜け落ちた。私が手を伸ばすよりも先に、それは風にあおられて池の方に舞う。私は急いでプリントに駆け寄るけど、いたずらな風はプリントをさらに遠くへ飛ばす。

「あ!」
 ついにプリントは池に落ちた。木の葉とともに水面に浮かぶ紙は、さざ波にのって岸から数十センチほど離れた場所に流れる。あのプリントには、件の論述問題に必要な書き込みがいっぱい書かれているのだ。これを失くしたらノートを再提出することができない。
 私はその辺から長い木の枝を拾ってきて、池の中のプリントをすくい上げようとした。焦りで頭の中が真っ白けだ。私は無我夢中で水面に木の枝を掻き入れるが、紙はますます遠のいていく。より遠くまで枝が届くように私は思い切り上体を伸ばす。

 突然大きな水音がして、私の体は池の中に落ちた。しまったと思った時にはもう遅かった。冷たい水に全身を侵される。私はもがきながら岸辺の草につかまろうとする。
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