スノーフレークス
 何かがおかしい。クリスによると、確かこの池はせいぜい男子生徒の胸ぐらいの水かさしかないはずだ。私はプールのような池で立てないほどのチビではない。でも、この池はプールよりももっと深い。足が底に届かないのだ!
 私は岸辺の草を捕らえようとするのだけど、水を含んだ制服の重みでうまくいかない。

 その刹那、私の左足は何かにつかまれた! 私は強い力で水の中に引き込まれる。左足首の感触からすると、それはどうやら人間の手のようである! 私は恐怖にかられ、必死で手をバタつかせてもがく。まさか本当にお化けの出る池だったなんて。私は左足を激しく蹴ってからみ付く不気味な手を振り解こうとした。
 でも、そいつは思いの外しぶとかった。そいつは私の右足もつかむと、さらに力を込めて水の奥に引き込もうとする。私は「助けて!」と大声を上げる。
 頭、そして腕の先まですっぽり池の中に引き込まれた。私は息が苦しくてたまらない。両手を振り回しても、周囲には何もつかまれそうなものはない。鼻腔に水が入ってきて鼻の中がつんとする。
 そいつは私のふくらはぎまでつかんできた。怖い。苦しさよりも恐怖が先立つ。私はこのまま池のお化けに取り殺されてしまうのだろうか。そういう不安が頭の中をよぎる。

 そこへもう一度大きな水音がした。誰かが岸から飛び込んで私を助けようとしている!
その人物は私の足の所まで潜り、お化けの手を払いのけた。水の中で、その人の長い黒髪が四方八方に散らばり、まるで海藻のように揺れている。
 氷室さんだった。
 彼女はその長い腕で私の体を抱き込む。私たちは水面に浮上して大きく息を吸い込んだ。
 氷室さんが私を助けてくれたんだ! 荒い息をしながら私はその状況に驚き、感動した。
 でも、私の気力は残念ながらそこで尽きてしまったのだ。

 目が覚めた時、私は保健室のベッドで横になっていた。真正面には保健室の黄ばんだ天井が見え、薬剤独特の臭いが私の鼻をつく。あやうくドザエモンになってしまう危機を脱出できたのはいいけど、今度は寒気がする。頭も痛い。
 半身を起こすと、養護教諭の中年女性が私に近づいてきた。
「調子はどう?」
 彼女はたずねる。
「あまり良くないみたいです。体がだるいです」
 私は弱々しく答える。養護教諭は私の額に手のひらを当てた。
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