スノーフレークス
「熱があるわね。この季節に水に浸かったものだから、風邪をひいてしまったんだわ」
 彼女に促されるまま、私は脇の下に体温計を挟んだ。計測した結果を見ると、一気に三十八度の熱が出ていた。
「うわ、結構高いわね」
 養護教諭も私の体温を見て驚いた。
「さっき、お家に電話をしたら、お父さんが会社から迎えにきてくれることになったわ。一緒に病院に行ってらっしゃい」
 学校から連絡を受けた母さんが、職場にいる父さんに相談したのだろう。母さんは滅多に運転しない車に乗って私を迎えにこようと思ったのだけど、父さんがそれを止めたのだろう。父さんは体の弱い母さんに無理をさせたくないのだ。

「夏とかにわざと池に飛び込んだ子ならいたけど、池に落っこちた子なんか初めて見たわ。一体、何があったのよ」
 養護教諭にたずねられ、私は事の次第を話した。
「でも、あの池ってプールくらいの深さだったわよね。あんな所で溺れてしまうなんて、きっと冷たい水で体が麻痺してしまったのね」
 池のお化けに足を引っ張られた話をしても、彼女は信じてくれるだろうか。
「氷室さんは大丈夫ですか」
 私は命の恩人の安否を知りたかった。保健室の中を見渡すと彼女の姿は見当たらない。あんなに体の弱そうな人がずぶ濡れになったら大変なことになるだろう。
「同じクラスの氷室翠璃さん? 彼女がどうしたの」
 先生が怪訝な顔をする。
「氷室さんが池に飛び込んで私を助けてくれたんです。彼女も水に濡れたから、風邪でもひいていないか心配なんです」
「まあ、氷室さんがあなたを助けてくれたのね。でも、彼女はここには来なかったわ。日向さん、あなたをここに運んできてくれたのは一組の澁澤君よ」
 先生は意外な人物の名前を挙げる。
「澁澤君ですって? 何で彼が私を」
「池のほとりであなたが意識を失っているところを見つけたんですって。彼、武道家でしょ。それにタッパもあるからあなたを抱きかかえてここまで来たのよ」
「澁澤君が私を……」
 あの後どうなったのかを考えようとすると、頭がガンガン痛くなる。
「彼、制服が濡れるのも厭わずにあなたを背負ってきたのよ。なかなかいい男じゃない。お顔の方も男前だし」
 先生は女子高生のような口ぶりで感心する。
「澁澤君は?」
「もう武道場に行ったわよ。今頃、空手の練習やってるわよ」
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