スノーフレークス
 そうは言うものの、氷室さんの言葉には納得できないものがあった。あんなずぶ濡れになったのに、あの後どうしたんだろう。そんな私の気持ちを察したのか、彼女は話を続ける。
「携帯で母に連絡をしたら、すぐに着替えを持って迎えにきてくれたのよ。うちの母は在宅で仕事をしているものだから、いつでも出てこられるのよ。あの時、あそこへ一組の男子が通りかかったから、あなたのことは彼に任せて帰ることにしたのよ」
 彼女が言っているのは澁澤君のことだ。
「そうだったの。それにしても、氷室さんも澁澤君もちょうどあの場所に居合わせていたなんてすごい偶然だわね」
「そうね」
 氷室さんは淡々と返すけど私はどうも釈然としない。何かが引っかかる。
「氷室さん。あなたは私の足をつかんでいた池のお化けも撃退したわ」
 私はつっこんでみる。
「え、何のこと?」
「お化けよ。幽霊? 物の怪? 妖怪? 何でもいいけど、この世のものではないものが、私を池の底に引きずり込もうとしたのよ」
 この荒唐無稽な話を周りの生徒に聞かれないように、私は声を低くする。
「わからないわ。何の話?」
 氷室さんは笑みを浮かべて私の顔を見る。
「とぼけても無駄よ。あなたはあいつの手を振り解いていたわ」
 彼女は首を傾げ、困った表情を浮かべている。
「あなたには私がお化けに襲われているのがわかっていたのよ。私を助けるためにあんな気味の悪いやつに立ち向かっていったのよ。それに炎天下のグラウンドでは熱中症になってしまうあなたが、この時期に池の中に飛び込んでも風邪ひとつひかない。それってどういうこと?」
 私の問いに、氷室さんはただ肩をすくめてみせる。彼女はそのハシバミ色の目を私から逸らした。
 そこで予鈴が鳴った。
 氷室さんは「もう行かなきゃ」と言って教室に戻っていった。

 学校が終わると私は澁澤玲一郎の姿を探した。彼にも五日前のことをきいてみないといけない。私が意識を失った後、彼と氷室さんの間にはどんな遣り取りがあったのだろうか。
 澁澤君がESSの部室に来るとはかぎらない。私は体育館の横にある武道場の周囲で、彼が空手の練習を終えるのを待っていた。今晩はご飯を作るのが遅くなりそうだけど仕方ない。古城のような進学校では、午後六時を過ぎると野球部の生徒ですら学校を追い出されてしまう。空手部だってそんなに遅くまで練習はしないだろう。
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