スノーフレークス
「君と同じクラスの彼女か。彼女もずぶ濡れでひどいことになっていたから、僕が君を保健室まで運ぶことにしたんだよ。なんせ、腕力のある男だしね」
「そうだったの。あの場にちょうど男子生徒が居合わせていてラッキーだったわ。でも、氷室さんもああ見えて結構強いのよ。なにせ、冷たい池に飛び込んで、溺れかけた私を助けて岸まで引き上げてくれたんだから」
「ふーん、それはすごいな」
 澁澤君はとぼけた素振りをする。
「じゃあ、僕は用事が済んだからこれで」
 これ以上私とその話をしたくないのか、澁澤君はそそくさとその場を離れようとした。

「待って、澁澤君! 聞いてよ!」
 大胆にも私は彼の二の腕をつかんで引き止めた。
「何だよ」
「お願い、待って! あなたたちには私に話していないことがあるわ。あなたと氷室さんは全てを語っていない」
「そんなことないって」
 澁澤君はうっとうしそうな顔をする。
「そんなことあるわよ! 私はね、あのプールみたいに浅い池で溺れたのよ! それが尋常ではないことぐらい誰だってわかるわ! なのに、何であなたたちはそんなに平然としていられるの?」
 澁澤君は黙って私の顔を見ている。
「私が落ちた時、あの池はとても深かったわ。足をバタつかせても全然底には届かなかった。私はあの池の水深を知っていたからものすごくびっくりしたわ。それでも私は多少泳げるから、本来なら水の中で溺れるなんてことはないのよ。ねえ、澁澤君。あの時何が起こったと思う?」
 澁澤君が何も答えないから私は一息おいてまた話を続ける。
「下から足を引っ張られたのよ。誰かの手が私の足首をつかんで下へ下へと引っ張ったのよ。そこへ氷室さんが飛び込んできて、その不気味なやつの手を振り解いてくれたの。そして私を岸へ引き上げてくれたのよ。あの女の子がそんなことをしたのよ! 私にはわからないことだらけだわ。澁澤君ってお寺の息子なんでしょ? こういう超自然的な現象について何か見解はないの?」
 澁澤君は何も言わずにうなだれている。その視線の先は地面の辺りをさまよっている。
「澁澤君が何も教えてくれないなら、私、またあの池に行くから。あそこに行って不思議な出来事の原因を調査するから」
「それだけはやめてくれ!」 
 澁澤君は強い口調で言い放った。彼の切れ長の瞳が私の顔を射るように睨む。怒った顔もきれいだ。
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