スノーフレークス
 父さんがつぶやく。自分だって地方出身のくせに都会人の目線でものを言っている。
「なかなか良さそうな所じゃないの」
 母さんは白い顔に笑顔を浮かべる。
 私たちはタクシーを拾い、町中にある新居のマンションに向かった。

 父さんが赴任するのは高岡市内にある小さな生命保険会社の支社だ。年度の途中にわざわざ首都圏からやってくる私たちのために、支社長の中田さんは至れり尽くせりのお膳立てをしてくれた。
 体の弱い母さんのために、中田さんは町中にあるセントラルヒーティング付きのマンションを借り上げてくれた。同じ雪国でも北海道にはセントラルヒーティングが設置されている住宅が多いけど、この町にはそのような完全な暖房設備を持つ住居はまだ少ない。冬場になると石油ストーブをつけて寒さをしのぐのが一般的だ。でも私たちの新しい家では、部屋の中だけでなく廊下やトイレの中まで温風で暖められるそうだ。
 横浜のマンションにいた時は、底冷えするキッチンに小さな電気ストーブを持ち込んで朝夕の食事の支度をしていたけど、ここではそんな必要はないだろう。
 このマンションには窓際に家事室という小部屋がある。天井にポールが渡してあって、そこに洗濯物を干すことができるようになっている。冬場は毎日のように曇り空でしょっちゅう雨か雪が降っているこの町によくあるタイプの間取りだ。この部屋があれば、母さんが寒い冬の日にバルコニーに出て洗濯物を干さなくて済む。おまけにお風呂に浴室乾燥機も付いているから、そちらに洗濯物を干すこともできる。
 中田さんは「マンションの前の道には融雪装置がばっちり付いてるからね」と言っていた。「ゆうせつ」と聞いて何のことやらわからなかったけど、それは雪を融かす装置のことで、雪の降る地方の道路に設置されているものだ。中田さんが言うには、雪国といっても全ての道路に設置されているわけではないのだそうだ。もし家の前の道路に融雪装置が付いていなかったら、冬の朝はいつもより早起きして道路の雪掻きをしなければならないのだそうだ。そうしなければ車が車道に出られない。
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