スノーフレークス
「君にはあんな所に近づいてほしくない。君を危険な目にはあわせたくない。わかった。ここで話をするのはなんだから、武道場の裏に行こう」

 誰もいない武道場の裏で澁澤君は訥々と話を始めた。その間、私は彼の端正な横顔を一心に見つめていた。
「日向さんも知ってのおり僕の家は寺だ。小さいときから神秘的なものに触れることが多かったせいか、僕にはいくらか霊感がある。あの日の放課後、校舎を出た僕は裏庭の方から実に嫌な空気が漂ってきていることを感じて、あそこに行ってみたんだ。そうしたら、君が助けを求める叫び声がして、僕は慌ててあの池に走っていたんだよ。僕が池のほとりに着いた時は、すでに氷室さんが君を助け出した後だった。彼女は僕の姿を見つけると、岸辺に横たわった君を指差して、自分の代わりに君を保健室まで連れていくよう頼んできたんだ」
「池になんか飛び込んで、氷室さんは平気だったの?」
 私はあの時の氷室さんの様子をたずねる。
「そうみたいだな。君の言うとおり、彼女はとても丈夫な人らしい」
 はたして、そう言い切れるのだろうかと私は思う。十月末の池に飛び込んでも平気な人が夏の暑さに倒れるなんて、どういうことなのだろうか。
「彼女は、氷室さんは一体どういう人なの? あの人はちょっと尋常じゃないわ」
「さあね。僕は彼女の友達でもクラスメートでもない。本人にきいてみろよ」
 きっと澁澤君には氷室さんについて思うところがあるのだろうけど、それは口にしなかった。
「じゃあ、あの池は何なの? クリスからあの池の伝説を聞いたことがあるわ。昔、あそこに身を投げた生徒がいたんでしょ? あそこにはその生徒の幽霊が出てくるってわけ?」
「そうとも言えるし、そうとは言えない」
「どういうこと?」
「クリスが君に話したことはあくまでも噂だから、本当にそういうことがあったかどうかは定かじゃない。とにかく、ああいう暗い水場には悪い思念がうじゃうじゃ引き寄せられて溜まりやすいんだよ。池の中から君を引っ張ったのは悪い思念のかたまりだ。地理の勉強でつまずいて落ち込んでいた君は、あそこに呼び寄せられてしまったというわけさ」
 さすがお寺の息子だけあって、澁澤君は気味の悪い話をさらりと言ってのける。

「ちょっと手を見せてくれないか」
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