スノーフレークス
 父さんには図星を指された。さっき武道場の裏で澁澤玲一郎と言葉を交わしたことを私は思い出していた。「君を危険な目にはあわせたくない」という彼の言葉。私を見下ろす涼しげな瞳。それから、彼の手が私の手に触れたこと。あの時の様々な情景が私の胸によみがえってくる。
「ちょっとね」
 私は父さんに軽く返した。
「ところで、父さん。私、学校の友達に霊感があるって言われたんだけど」
「お前に霊感? 最近、幽霊でも見たのか」
 学校の池で溺れた時に化け物が私の足を引っ張ってきたなんて話、親には絶対言えない。そんな話は荒唐無稽だし、親に心配をかけるし。
「ううん、そういうわけじゃないの。手相を見られる子がね、私にそういう相が出てるって」
「ふうん、そうか。お前自身にそういう自覚はあるのか」
「うん。よくわからないけど、金縛りとかにはあったことあるかな」
「そうか。父さんには全然そういう感覚はないけどなぁ」
 父さんはビールジョッキを握ったままちょっと考えている。
「もしかしたら、お前は沖縄のおばあちゃんの血を濃く引いているのかもしれんな。おばあちゃんはな、地元のユタなんだ」
「ユタ?」
 聞いたことのない単語だ。
「ああ。ユタというのは内地の言葉で言うと『イタコ』のことだ。シャーマンともいう。霊感のある人が目に見えない世界と交信したり目に見えない力を使ったりして、悩める人の相談にのるんだ」
「へえ。おばあちゃんがそういうことをしているなんて知らなかった」
 母さんの体が弱いから、私たち家族は沖縄へはあまり帰省しない。おばあちゃんとは数年に一度会うけどそういう話が出たことはなかった。
「もっとも、おばあちゃんももう年だから引退しているけどな」
「ふうん」
 私は遠く離れた島にいるおばあちゃんのことを思い出した。おばあちゃん、元気だろうか。

 そこへ、夕食をとるために寝室から出てきた母さんが入ってきて、私たちの会話に加わった。今日の顔色はなかなかいい。彼女は台所に入ると、夕飯の支度を手伝い始める。
「お義母さんのことを話しているのね。確かに不思議な力を持った方だったわ。光郎さん、あなたが初めて私を沖縄の実家に連れていってくれた時のことを覚えてる?」
「ああ、覚えているよ」
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