スノーフレークス
 澁澤君はこの雪の中、お弟子さんを応援しに私のマンションへ向かった。明日も学校があるのだからと私が止めると、お母さんが「この子は普段鍛えているから大丈夫よ」と言った。こんな夜中に高校生の子どもを送り出すなんてずい分肝の据わった母親だ。きっと息子のことを信頼しているのだろう。

 六畳間の和室に通された私は、お母さんから借りた夜着に着替えて床に就いた。横になっても、うちの前で待機している澁澤君たちのことが気になってなかなか眠れない。澁澤君が言っていたように何も起こらなければいいのだけど。できれば私も澁澤君についていきたかったのだけどこの足だし、仮に怪我がなかったとしても彼は私にそれを許さないだろう。何もできない自分が歯がゆい。

 寝苦しい夜だった。何度も寝返りを打ちながらやっと寝入ったのに、薄い意識の中で私は何かの気配を感じた。

 突然自分の頭が揺れて私は一気に覚醒する。何者かが横から枕を引っ張ったのだ。私は心の中で「ひえーっ!」と叫んだ。恐ろしくて目が開けられない。自分のすぐ横に白装束の女がいて、今にも白い息を吹きかけようとしていたらどうしよう! 氷室さんたちが湧水寺の結界を破ってここに入ってきたのだろうか。私の全身が硬直する。
 今度は敷布団が引っ張られた。私は思わず「きゃあ!」という声を上げ、布団の中で身を縮める。自分の体に白い冷気を当てられそうな気がして私は震えた。

 すると足の方で誰かのコロコロという笑い声が聞こえた。子どもの声だ。
 そいつは笑いながら畳みの上を駆け回り、私の布団の上を跳び越した。ずい分はしゃいでいる。どうやら部屋の中にいるのは白い女たちではないようだ。
 私は恐怖心を押し殺して目を開けた。すると、暗がりの中に一人の着物を着た子どもが立っているのが見えた。布団のすぐ側で、青い絣の着物を着た子が笑っている。オカッパ頭をしているけど男の子だ。年の頃は五歳くらいだろう。澁澤君にこんな小さな弟がいるのだろうか。
「こら! こんな所で何やっているのよ? 眠っている人を起こしたらだめでしょう!」
 私は男の子を叱りつけた。人が疲れて眠っている時にこんないたずらをされたのだから当然だ。
「私は足を怪我しているのよ! ゆっくり休まなきゃだめなのよ!」
「ごめんなさい」
 男の子は素直に謝った。
「あんたは誰? ここのおうちの子どもでしょ」
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