スノーフレークス
 昨夜はあんな光景を見てしまったけど、あの氷室さんがうちの家族や私に手を掛けるなんて私にはちょっと想像できない。彼女は私を池の化け物から救ってくれた人なのだし。
「お弟子さんは?」
 澁澤君と一緒に見張りをしてくれた人にもお礼を言わなきゃいけない。
「もう僧坊で寝ちゃったよ。礼は後から言えばいいさ」
「そう。その人も疲れているのね。澁澤君も一眠りするの?」
「うん。そうだな。一時間ほど眠ってから時間どおりに学校に行くよ」
「私のせいで寝不足になっちゃってごめんね」
「何てことはないさ。それより日向さんの方はよく眠れた? 足の方は?」
 私の気持ちを察したのか澁澤君はすぐに話を変えた。
「お陰様で足の痛みは引いてきたわ。びっこを引いているけど歩けないことはない」
「そりゃ、良かった」
「でも、昨夜はあまりよく眠れなかったの」
 私は今日の未明に六畳間で起こったことを話した。
「ははあ。君が遭遇したのは座敷童子だな。おそらく子の刻か丑の刻だろう。君はやっぱり霊感の強い人だ」
 私の話を聞いた澁澤君は驚いている。
「座敷童子ってあの東北の旅館に出るやつでしょ? この地方にもいたの?」
 東北地方の温泉旅館には、夜中に宿泊客にいたずらをする座敷童子という子どもの霊が出ると、テレビで見たことがある。 
「そうさ。全国の雪が降る地域では似たような現象が起こるんだよ。座敷童子伝説は岩手や宮城だけでなくその他の県でも言い伝えられている」
「あの子のお父さんはお侍さんだって言ってたわ。結構えらい人みたい」
「そうだよ。あの子の父親は加賀藩の家臣だ。あの子は幼い時に病気で死んでしまったから、まだ遊び足りなくて時々ああしてこの世に出てくるんだよ」
「ということはあの子は幽霊ってことじゃない! あなたの家には本当に結界が張ってあるの? お化けが入ってきちゃったじゃない!」
 結界というものがこの世に存在することを前提として私は話している。彼がさっき言ったことが本当ならこの寺にお化けなんか出てこないはずだ。
「ここにはちゃんと頑丈な結界が張ってあるよ。あの子の家族はうちの檀家だ。うちの墓所に入っている子をどうして追い出すことができるんだ」
「じゃあ、お化けはお化けでもあなたのうちのお墓から出てきたものだけは特別扱いをしているというわけね?」
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