スノーフレークス
 澁澤君は涼しい顔をしてうなずく。なんとアクロバティックな理屈なのだろう! これだからお坊さんの発想は俗人のそれとは違うのだ。
「お化けが出るなら出るって一言言ってくれたらいいのに! あの男の子に枕を引っ張られた時は、てっきり氷室さんたちが侵入してきたと勘違いして怖かったんだから!」
 親切にしてもらったことはありがたいけど、あれだけ怖い思いをしたんだから一言言いたい。
「ごめん、ごめん。普段は滅多に現れないあの子がまさか君の所に出るなんて思わなかったもんだから。それにあの子のことを話したら怖くてうちに泊まりたくなくなるだろう」
「それはそうだけど」
「あの子はちょっといたずら好きなだけで無害なやつなんだ。人を祟ったり人にとり憑いたりはしないよ」
 あのいたずらでも十分はた迷惑だったと思うけど。
「日向さん。僕はこれから部屋に戻って寝るよ。その前にこれを君に渡しておきたい」
 澁澤君はポケットからお守りの袋を取り出した。
「これは?」
「この袋の中には護符が入っている。いつも身につけていれば、霊感体質の君でも化け物を寄せ付けないよ」
 私は錦の袋を受け取る。
「ありがとう」
 私がお礼を言うと彼はこの上なくチャーミングな笑みを浮かべた。朝から脳に刺激を与えられて、私の眠気は一気に吹き飛びそうだ。
「ねえ、澁澤君」
 最後に私はきいた。
「あの男の子が座敷童子なら、氷室さんたちは一体何者なの?」
「あれを見ておいて君にはまだわからないのか?」
 私は首を横に振る。幽霊とは違って実体はありそうだけど。澁澤君は「鈍いな」と言いたげな顔をしている。
「子どもの頃に読んだ昔話を思い出してみるといい。この雪国にいそうな化け物がいただろう?」
 澁澤君は安易に正解を教えてはくれなかったけど、解法のヒントは与えてくれた。

 父さんが湧水寺まで私を迎えに来てくれた。澁澤君のお母さんは、怪我で動けない私を一晩預かることにしたと父さんに説明していた。私は慣れない雪道へ買い物に出て転んでしまったということになっていた。澁澤君が寒い雪道で立ち往生していた娘を発見してくれたと聞いて、父さんは澁澤家の人々に深々と頭を下げていた。
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