スノーフレークス
「僕、平地の方に住んでいるから山っ子じゃないんです。山の子は日常的に雪山に滑りにいくからスキーやスノボが上手いんですけど僕はそうじゃないんです。富山の学校ではスキー合宿とかスキー講座なんて行事もあるんですけど、僕は運動がからきしダメだからスキーも上手くはなりませんでした。今回はせっかくクリス先輩が誘ってくれたからここに来たんです」
 なるほど手島君の能力は明晰な頭脳に集中しているらしい。でも完璧じゃない方が、人間味があって親しみが持てるけど。
「私もスキー場に来るのは何年ぶりだろう。何回か練習してたら上手くなるかな」
「日向先輩は僕みたいな運動音痴じゃないからきっと上手くなりますよ」
「私の運動能力だって決してものすごく高いわけじゃないけど、せっかくこっちに移り住んだんだからウィンタースポーツを楽しみたいわよね」
 風を切って雪山を滑降するってどんな気分なのだろうかと思う。
「ねえ、ああいう橇って昔からここにあったの?」
 私は親子連れが乗っているカラフルな橇を指差してたずねた。
「ああ。あれは子ども用の橇ですね。昔は木製の橇が上越地方を中心に冬場の生活で使われていたんですよ。雪の舟と書いて『そり』と読むんです。雪舟は子ども用の橇よりサイズは大きいです。僕なんかスノボよりも橇の方が合っていそうなんですけど、さすがにこの歳で乗るのも恥ずかしいですね」
 雪女たちが使っていたのはおそらくその橇に近い物なのだろう。私はあの吹雪の夜を思い出してブルッと身震いする。あの雪舟は死者を天国へ送るゴンドラだった。

 手島君は引き続きボードの練習に取りかかった。私は少し疲れたので山小屋へ休憩をしにいった。
 小屋の中にはダルマストーブで暖められた快適な空間が広がっている。私は缶のおしるこを買って窓際の席に座った。大きな窓を通して人々がゲレンデを滑っているのが見える。

「お疲れ、日向さん」
 そこへペットボトルを手にしたクリスが現れ私の斜め前に座った。彼もちょっと休憩をするようだ。雪焼けで彼の高い鼻梁が赤く染まっている。
「クリス。あなたとても上手に滑るじゃない。ちょっとは私たちに滑り方を教えてほしいものだわ」
「ごめん、ごめん。雪山についたら滑りたくてうずうずしちゃって真っ先に上まで上がっちゃったんだ。午後からは君たちの先生になるからさ」
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