スノーフレークス
「ええ。あの時は言わなかったんだけど、池に落ちた時水の中から誰かが私の足を引っ張ったのよ。確かにあれは人の手の感触だったわ。心の中でお経を唱えながらどうにか池を脱出できたんだけど、十月の池に浸かってすっかり体が麻痺しちゃったのよ」
 私は氷室さんのことには触れないで多少創作をまじえながら池の件を話した。彼女と約束した以上雪女についての話はしない。
「そこへ澁澤君が通りかかったものだから彼に保健室まで付き添ってもらったの。彼はほら、お寺の息子でしょ? だから神秘的なことに対する理解があって私の不思議な体験を信じてくれたのよ」
「玲一郎は偶然池の淵を通りかかったの?」
 クリスの問いに私はどこまで答えようかと迷ったけど、思い切って本当のことを話した。
「嫌な予感がしたから来たんだって」
「あいつには第六感とか霊感があるのかい?」
「多分ね。池のお化けに引き寄せられるくらいだから私にも霊感があるわよ。あなた、澁澤君とは友達でしょう? そういう話はしないの?」
「あんまりしないなぁ。僕には霊感は全然ないからそういう話にならないし、あいつとはいつも宿題の話か他愛もない話をしているよ」
 クリスは親指の先を噛んで何かを考えている。これが何か考え事をしている時の彼の癖だ。
「で、プリントは見つからずじまい?」
「ううん。後日澁澤君が池から拾ってきてくれたわ。木の枝ですくってくれたそうよ」
「いたずらお化けがプリントを水の中に隠しちゃったりはしなかったのかな」
「さすがにそこまではしなかったんじゃないの」
 澁澤君がプリントを取り戻す時に使った術のことには触れなかった。あまり話し過ぎるのは良くないかもしれない。

「ふーん、池の主かぁ」
 クリスがニヤリと笑う。
「旧制中学時代の学生って言ったらホモかもしれないな。精神的なホモ」
「ホモ?」
 何で話がそっちの方に転がるのだろうか。
「うん。昔の世間知らずなインテリ坊ちゃんは独特の美意識を持っていたんだよ。女は汚らわしいもので男は高尚な生き物だから、女とは関わらずに男とのみ付き合おうって考え方さ」
「何それ、なんか男尊女卑的な考え方だわ」
「昔の生真面目な学生だからそんな青臭い考え方に陥るのさ。なにしろ彼らには時間だけはたっぷりあって哲学書やら何やらをしこたま読み漁っている。思考が絡まりに絡まって複雑になっちゃったのさ」
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