スノーフレークス
 辺りを見回すと斜め前に氷室親子がいつの間にか現れていた。白装束に身と包んだ世にも美しい女たちの姿を見て私の背筋は凍りつきそうになる。傍らにいる澁澤君も数年ぶりに見る雪女を見て驚愕している。前回と違うのは、今回は「送り」に娘も加わっているということだ。
「あなたのお母さんは今夜その命脈が尽きる定めになっていたのよ。天に決められた予定を勝手に書き換えてはならないわ」
「晶子さん! あなたたちが母さんをここへ呼び寄せたんですね!」
「そうよ、葵ちゃん。私たちは肺炎で苦しむあなたのお母さんを楽にしてあげるためにここへ呼んだのよ」
 晶子さんは静かに答える。
「よりによって何でうちの母さんなわけ? どうしてうちの母さんをあの世に連れていっちゃうの? せっかく友達になったのにどうしてそんなひどいことをするの?」
 私の目には自然に涙があふれてきた。

「私たちはあなたのお母さんを殺すのではないのよ。あくまでも死にゆく魂を癒そうとしているだけなのよ。それから彼女を無事に冥界に送り届ける役目も担っているわ」
 氷室さんが私を諭す。
「だめよ! そんなことしなくていいから母さんをうちに返して! 母さんはまだ四十三歳なのよ!」
 私の抗議に親子は肩をすくめてみせる。
「私たち本当はあなたに知られないうちに送りをやりたかったのよ。でもやっぱりあなたは霊感が強いのね。お母さんの中身が離脱して飛んでいくのを気づかれてしまったわ。あなたに辛い思いをさせていることは重々承知よ。でもこれは定められた運命だから逃れられないことなのよ。私たちに務めをはたさせてちょうだい」
 晶子さんは優しい口調で私を諭す。
「日向さん、お願い。これはあなたのお母さんのためにも大事なことなのよ」
 氷室さんも同調する。
 この前、氷室さんたちが「送り」の意義について説明してくれた時は理解できたけど、いざ自分の身内が連れていかれるとなると納得できない。
「嫌よ! そんなの理解できるわけないじゃない! だってうちの母さんなのよ!」
 私は泣きじゃくって叫ぶ。氷室親子は顔を見合わせてため息をついている。

「日向さん。僕がなんとかしてみるよ」
 澁澤君が両手を前に出して自分自身に気合のようなものを入れた。彼は両手を色々な形に組みながら「臨、兵、闘、者……」と呪文を唱える。テレビで見たことのある「九字を切る」という術である。
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