スノーフレークス
 すると門の奥に黒い影が現れ、それはだんだんこちらに近づいてきて形をなした。美しい観音菩薩の立ち姿が現れると思いきや、そこには赤いよだれ掛けをしたお地蔵様が立っていた。
「お地蔵様だわ。冥界の門にいるのは閻魔大王じゃなかったのね」
「この世界では閻魔様と地蔵菩薩様は同一と見なされているのよ。地蔵菩薩様も冥府へ続く関所のお役人をされているわ」
 氷室さんがすぐに私の疑問に答えてくれた。

「お前は門をくぐるべき者ではないな。何者だ」
 お地蔵様が地の底から響くような声でたずねる。
「私は観音菩薩様の命で魂の送りをしている者です。この度はこちらにいる私の友人が折り入って観音様にお願いがあるとのことでこちらに参りました。どうかこの者の話を聞いてあげてください」
 氷室さんが用件を言った。
「その娘は何者だ。まだ寿命も尽きておらぬ人間が何ゆえ我が冥府の門を叩くのだ」
 お地蔵様がたずねる。
「私は日向葵と申します。沖縄のシャーマン、巫女っていうんでしたっけ、日向員子の孫娘です。現役時代は祖母がこちらの世界に大変お世話になりました」
 私は人間の大人に挨拶をするような話し方をする。
「今回、私が冥界の入り口に参りましたのは、肺炎を患った私の母利栄子の寿命を延ばしてもらえるよう観音様にお願いするためです」
「何だと。お前の母親は命脈が尽きたから冥府へ来ようとしているのだぞ。その宿命を捻じ曲げようというのか」
 お地蔵様の威厳に満ちた声がますます低くなる。
「そのことは皆にも言われました。でもそこをあえてお願いしたいんです! 母さんは若い頃から病弱で人生の楽しみの半分も味わっていないんです。母さんには元気になってもらって人並みに健康という幸せを味わってもらいたいんです」
 私は必死でお地蔵様に訴えかける。
「不遇の内に短い生涯を終える人間はたくさんおる。その者たちはそういう星の下に生まれてきたのだから仕方がないのだ」
「お地蔵様! 私は人間です! これが天命だとか宿命だとか言われてもすんなり納得できません! そんなふうに簡単に割り切ることができたら誰も身内の不幸を悲しみません! 母さんを戻してくださるなら私は何でもするつもりです! どうか母さんを生き返らせてください!」
 私の目に涙が浮かんできた。
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