スノーフレークス
 心配なのはやはり勉強だ。新学期最初の課題テストでは生物で赤点を取るという悲惨な結果に終わってしまった。担任の松井先生は「君は夏休みの課題をしとらんかったから仕方ないな」と言ってくれたけど、これからの定期テストで言い訳は通用しないだろう。
 もとより好成績を収める自信はないけど、赤点を取って落第することだけは避けなきゃいけない。テスト前は休日返上で勉強しなきゃいけないだろう。それに、私は家のこともしなきゃいけないから部活動をする余裕は無い。

 転校してきて初めての体育の授業はランニングで始まった。文系クラスの女子は二列縦隊でグラウンドを五周することになった。
 初秋だというのに気温が三十五度を越す真夏日だ。こんな日は屋根のある体育館でバレーボールでもしたいのだけど、体育教師が体育館は上級生にとられたと言う。
 太陽はかんかん照りで、何もしなくても自然に汗が噴き出してくる。玉のように浮かぶ額の汗を私は手の甲で拭った。こんな時には小学生のように揃いのキャップをかぶりたい。
 緩慢な動きで校庭に集合した女子生徒たちを、体育教師が容赦なくランニングに駆り立てる。「心頭滅却すれば火もまた涼し」というのが「サブちゃん」こと北島先生の口癖だ。女性教師なのにその名前ゆえに「サブちゃん」と呼ばれているからちょっとかわいそうだ。
 北島先生のホイッスルは無情にも私たちにサウナでのランニングを命じる。生徒たちはのろのろと走り始める。
 私は荒い息をしながら皆に合わせて走る。彼女たちは基本的に真面目な生徒だから、炎天下の校庭に放り出されても、教師に言われたことには忠実に従う。皆は隊列を乱さずに一定のリズムで走っていく。汗が顔を滴り落ちていくのを感じる。

 ふと後方に目をやると、クラスメートの一人が倒れているのを見つけた。私は驚いて、隣を走っている宮崎さんに小声で話しかけた。
「ねえ、誰か倒れちゃったよ」
 彼女は私の言葉を受けて後ろを振り返るが、何事もなかったようにまた走り始める。
「ああ、先生が何とかしてくれるよ」
 宮崎さんがのんきな調子でそう言うから、私は先生が立っている方を見た。北島先生はまだ倒れた生徒のことに気づかない。
「ちょっとやばいよ。早く手当てをしないと重体になっちゃうよ!」
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