【短編】とある悪い日の話




「人違いとかじゃない?って、そのままそれっきり」




改めて説明すると、私、惨めすぎる。




でももう、何だっていい。




七咲に弱みを見せるのが癪だとか、いい歳して人前で泣くのが恥ずかしいとか。




きっともうここがどん底だし、どうにでもなればいいのよ。




「…電話とかメールとかしないんですか?」




「できるわけ……って、待って電話」





ヴヴヴっと机の上で伏せていたスマホが震えて手に取ると、表示された名前に息を飲んだ。




「出ないんですか?」





出れるわけ、ない。





"優希"と表示された画面の通話ボタンを押すことが出来ずに固まる私の顔をのぞき込む七咲。




「おっと、手が滑った」



「あぁっ!!」





そして何を思ったか、横から人差し指で通話ボタンを押して。




「もしもーし」



私の手からスマホを奪い取りスピーカーモードにした七咲は、躊躇いなく電話の向こうの優希に話しかける。





「ちょっと七咲勝手なことしないで!!!」




「篠田さんは黙っててくださいよ。もう出ちゃったんですし」




『……あの、どちら様ですか』





騒がしい店内をさらに騒がしくしている私たち。




状況を把握できていない優希の声が曇る。





「どちら様も何も、そちらこそどちら様ですか?」



『篠田都和とお付き合いさせて頂いてるものですけど』





「あれ、おかしいなぁ。俺はあなたが他の女に乗り換えたって聞いてますけど」





『そのことで都和と話がしたいので、代わってもらえますか』




スピーカーから聞こえる優希の声。




さっきまで大好きだったはずの声が、今は苦しい。





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