息もできない。
プロローグ
先月買ったきりほとんど使っていなかったミキサーに切り分けられた果物を放りいれた。冷蔵庫に入った豆乳と牛乳のどちらを混ぜれば良いか一瞬迷ったが既に空いていた豆乳を手に取る。片手で軽く押すだけで、ミキサーの中の材料たちはリズム良く音を鳴らして混ざりあってくれた。

食器棚にある筈の水色のコップを探すが、昨日水を飲んだまま流しに放置してしまっているのに気付き、仕方なくピンク色の方を使う。ちょうどコップ一杯分のジュースをミキサーから流し入れた。
朝食なんて取らなくても別に問題ないのに、ちゃんと食べろとばかりに果物がカットされていたら作らざるを得ない。
起きたての胃にジュースを流し込むと、流しにコップを置いた。水色とピンク色のコップがシンクの上に並ぶ。

大体の身支度を終えてPCのメールを確認する。会社に行ってからでは部下への指示や会議で手を取られてしまうから、個人で動いている仕事は家で確認することが多かった。
残業代はしっかりくれるホワイト会社だが、ホームワークまでは流石に補助してもらえない。でも、立場的には仕方ない。要領がよくなれば多少は楽になる筈だからと最近では開き直っていた。

PCの作業を終えて、そろそろ出るかと時計を見上げる。花柄の時計は、相変わらずこの部屋には似合わない。赤坂にあるこのタワーマンションに引っ越してきてすぐの頃は、部屋に何も置く気にはなれなかった。机とソファと間接照明。寝室にはベットのみ。それだけで、別に生活には困らない。ただスペースを持て余し、洗濯物や資料で床を埋めるばかりだった。
でもこうして時計があるとギリギリになって慌てる心配もないし、床に物が散乱してなければ資料を見失うこともない。今の生活に慣れてしまっては、今までが違和感に感じてしまうほどだった。
黒いビジネス鞄を手に玄関に向かうと、キーホルダーのついた鍵をとる。チャリンと鍵と鍵がぶつかり合う音がした。
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