息もできない。


猫を拾っただけ。
--- 最初はそんな感覚だった。

雨の降る都会の路地裏で、ずぶ濡れの女の子がしゃがんでいるなんて漫画のワンシーンか何かかと本気で目を疑った。少し巻いていたんだろう茶色の髪からはポタポタと雨が滴っていて、頬には雫なのか涙なのかわからないくらいキラキラと水滴が光っている。
ふたつめに思ったことは「綺麗」だった。
単純に女同士で褒め合う「可愛い」とか「綺麗」とは少し違って、芸術的な何かに対するそれだった。
雨の夜の路地裏なんて、綺麗な筈がないのに。まるで切り取られた絵画みたいに、私には浮かんで見えた。
見て見ぬふりだって出来たはず。それでも、気がついたら彼女に傘を差し出していた。
しゃがみこみ足元を見つめていた彼女は、突然落とされた影に驚く様子もなくゆっくりとこちらを見上げた。私を待っていたかのように、目を瞬くこともなくじっと見つめてくる。
茶色い丸い目が、私の言葉を待っていた。

ーーー あぁ、捨て猫だ。

面倒なことになるだけだ、こんなのに構ってる暇はない。私の理性的な部分がそう訴えてくるけれど彼女の目から逃れられない。自分の中で、答えは決まっていた。

「どうしたの」
「…」

彼女は答えない。

「うち、くる?」

彼女は小さく頷いた。

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