息もできない。
彼女がしゃがみこんでいた場所からそう遠くない位置に、私のマンションはあった。年齢的に少し無理をしてるんじゃないかと言われる程のタワーマンションだが暮らすところ以外にかかる大きなお金は特にないので、快適さを優先してここを選んでいた。もちろんずぶ濡れの猫を拾って帰ってくるための広さでは決してない。
マンションの部屋までただ黙ってついてきた彼女は玄関に入るとぴたりと立ち止まった。流石に濡れたままあがってくることはできないらしい。
ふっ、と笑いそうになった。
それはそうだ、彼女は人であって猫ではないのだから。
「待ってて、タオル持ってくるから」
彼女をそこで待たせて、洗面所の乾燥機にかけっぱなしだったタオルを引っ張り出して渡す。
受け取ったタオルでゆっくりと髪や身体を拭く彼女を放っておいて、私は奥のリビングに進んだ。
ケトルですぐにお湯を沸かしたのはあの青白い頬を温めたいと無意識に思ったから。我ながら甲斐甲斐しいなと思う。
元々一人っ子だし、面倒見の良いタイプではない。部下はいるし、それなりに良い距離感にいるとは思うが仕事と割り切っている部分もあって。先ほどお金をかける部分がないと言っていた通り、私には特に思い入れの強い存在(もの)を持っていなかったように思う。子供の頃は夢や宝物が沢山あって持ちきれなかったような気がするのに。
スーツの上着を脱いでソファの背もたれに投げる。仕事の資料や脱ぎっぱなしの服、休日だけ使うトートバッグなどがあちこちに散乱しているリビングを眺めながら一応人を招いたのにこの有様はどうかと頭を抱えた。今更大慌てで片付けても間に合わないし、向こうは招かれた側なのだからこのくらいの景色は目を瞑ってほしい。