花と待ち人
タイトル未編集
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
目を閉ざした。
何も見えないように。
耳を塞いだ。
声が聞こえないように。
口を閉ざした。
泣き叫ばないように。
身体を丸めた。
何も知らぬ赤子のように。
「そうやって、逃げる物語さ。」
と、隣を歩く同級生は続けた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「へぇ。意外だわ。」
てくてく、と並んで歩く影は二つ。
小鳥がチュンチュンと歌い、空は水色と群青が混ざったような色で私たちを見下ろしている。
澄んだ空気の中、パシャリ、と水溜りを踏みながら横を見上げると、
「ん、何が?」
首を傾げられた。
その仕草でサラリ、と色素の薄い自然な茶色の髪が揺れる。
女の子みたいに伸ばせば、さぞかし綺麗なロングストレートヘアになること間違いないわ。
そんなことをぼんやりと思いながら、私は続けた。
「あなたなら、もっと変なのを読んでると思ったのよ。」
「失礼な。」
フッ、と鼻で笑われる。
言葉ではそう言いつつも、あまり気分を害した様子はない。
隣を歩く男子……篠田 零(しのだ れい)は、顔が整っている。
この人は美男子か?と聞かれたときに、ほとんどの人がそれを認めるだろう。
スラリと高い背。
切れ長の、何を考えているのかよく分からない瞳。
整った鼻梁。
小さな顔。
……悔しいが、非常に悔しいが、私もそれは認める。
少なくとも、顔だけは。
問題は、こいつの性格だ。
「俺は、真面目だからね。変なものなんて読まないよ、君と違って。」
……ほら、一言多い。
ニヤリ、と。
そんな笑い方をしながら。
いつも、こいつはこんな言い方をするのだ。
……私は、この笑みが嫌いだった。
「よく言うわ。私はともかく、あなたが真面目なところなんて見たことないわよ、ゼロ。」
冷めた目をすれば、再びフッと笑われる。
ゼロ。
それが、彼のあだ名だ。
零だから、0で、ゼロ。
いつからそう呼ばれているのかは知らないが、少なくとも中学校でもそう呼ばれていた。
「……まったく。なんで中学のときから毎朝毎朝ずっと、嫌いなあなたなんかと一緒に登校しなくちゃならないのよ。」
ピョン、と。
今度は水溜りを飛び越えながら、私は唇を尖らせる。
それは独り言のつもりだったが、ゼロにははっきりと聞こえていたようだ。
「はいはい。とりあえず、文句は俺じゃなくて自分自身に言いなね。むしろ俺は、君に感謝される立場だと思うんだけれど。」
「誰があなたなんかに。」
フイッと顔をそらす。
ゼロとこうやって一緒に登校するのは、私の母さんがゼロにそれを頼んでいるからだ。
なんでも、一人にするのが心配らしい。
過保護な、と思わなくもないが、あまり強くも言えない立場だ。
というのも、小学校の卒業式の朝、私は大事故にあったらしいからである。
らしい、というのは、覚えていないからだ。
物語でありがちな、記憶喪失というもの。
だから私は、中学生よりも前の記憶がないし、思い出せない。
……まぁ、大したことのない記憶ばかりだとは思うが。
そういう理由で、学校へ行く道の途中に私の家があるゼロは、毎朝わざわざ私を迎えに来る。
ありがたい、と本当は心では思っているが、こいつにそれを口に出して言う気にはなれなかった。
「大体あなた、いつも来るの早すぎよ。今日なんか、約束の十五分も前だったじゃない。日に日に早くなってない?」
「あれ、気づいてたんだ?わざとだよ。」
「……どういうこと?」
「分からない?」
そこで、再びニヤリ、と。
彼がその表情をするたびに、嫌な予感がする。
というか、嫌な予感しかしない。
案の定、
「君に『もう、時間!?』と焦らせるための嫌がらせだよ。」
「…………。本当に、性格悪いわよね。」
だから嫌いなのよ、と私は顔をしかめる。
ニヤリと笑いながら意地悪するのが嫌い。
無駄に顔が整っているのが嫌い。
中学一年生の頃は似たような身長だったのに、今は背伸びしても届かない高い身長が嫌い。
飄々とした声が嫌い。
……本当になぜ、毎朝一緒に学校へ行くのがこいつとなのか。
ため息が出てくる。
「まぁ、その待つ時間は俺の読書タイムだから、有意義な時間なんだけれどね。」
「あなたはそうかもしれないけれど、人のことを考えなさいよ。母さんに『ゼロ君、来たわよ。』って毎朝、急かされるんだから。」
「君、日本語分かってる?嫌がらせって俺は言ったと思うけど。」
「最っ低ね。」
もう、この言葉を何回言ったのか分からない。
そう、最低。
ゼロは意地悪だ。
昨日だって、学校の自動販売機でお茶を買おうとしたら、いつの間にか後ろにいたゼロにお汁粉のボタンを押された。
そして、学校の自動販売機はくじが付いている。
何が言いたいかというと、いつもは全く当たらないくせに、昨日に限って当たったのだ。
……しかも、大当たり。
ガシャンという音と共に、三本のお汁粉の缶が出てきた。
それを見て笑うゼロの黒い笑みを、私はきっとずっと忘れない。
思い出すだけで、腹が立ってくる。
「君、凄い顔だよ。」
……思い切り、半眼で睨みつけてやった。
誰のせいだと思っているのか。
早歩きで置いていってしまおうか、という考えが頭によぎる。
そうする→「2、なずなside」へ
そうしない→「3、なずなside」へ
……うん、それがいい。
早速、その一歩を踏み出そうとして______
「はい、ストップ。」
「きゃっ!」
ぐいっ!
急に腕を引き寄せられたのと、私の短い悲鳴。
そして、先ほどまで私がいた場所を車が通って行ったのは、同時だった。
「…………。」
「君って、そんなに事故が好きなの?さすが、変わってるよね。」
驚いて何も言えない私。
そんな私の腕をさっさと離して、歩いていくゼロ。
……掴まれていた手首が、熱を持つように熱い。
胸の鼓動も速く。
そして、頬の熱が少しだけ上がった気がする。
……きっと、気の所為だ。
そのはずだ。
「……もう、お礼くらい言わせなさいよ。」
だから、嫌いなのよ。
誰にも聞こえないような声で呟いてから、私はその背中を追いかけた。
目を閉ざした。
何も見えないように。
耳を塞いだ。
声が聞こえないように。
口を閉ざした。
泣き叫ばないように。
身体を丸めた。
何も知らぬ赤子のように。
「そうやって、逃げる物語さ。」
と、隣を歩く同級生は続けた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「へぇ。意外だわ。」
てくてく、と並んで歩く影は二つ。
小鳥がチュンチュンと歌い、空は水色と群青が混ざったような色で私たちを見下ろしている。
澄んだ空気の中、パシャリ、と水溜りを踏みながら横を見上げると、
「ん、何が?」
首を傾げられた。
その仕草でサラリ、と色素の薄い自然な茶色の髪が揺れる。
女の子みたいに伸ばせば、さぞかし綺麗なロングストレートヘアになること間違いないわ。
そんなことをぼんやりと思いながら、私は続けた。
「あなたなら、もっと変なのを読んでると思ったのよ。」
「失礼な。」
フッ、と鼻で笑われる。
言葉ではそう言いつつも、あまり気分を害した様子はない。
隣を歩く男子……篠田 零(しのだ れい)は、顔が整っている。
この人は美男子か?と聞かれたときに、ほとんどの人がそれを認めるだろう。
スラリと高い背。
切れ長の、何を考えているのかよく分からない瞳。
整った鼻梁。
小さな顔。
……悔しいが、非常に悔しいが、私もそれは認める。
少なくとも、顔だけは。
問題は、こいつの性格だ。
「俺は、真面目だからね。変なものなんて読まないよ、君と違って。」
……ほら、一言多い。
ニヤリ、と。
そんな笑い方をしながら。
いつも、こいつはこんな言い方をするのだ。
……私は、この笑みが嫌いだった。
「よく言うわ。私はともかく、あなたが真面目なところなんて見たことないわよ、ゼロ。」
冷めた目をすれば、再びフッと笑われる。
ゼロ。
それが、彼のあだ名だ。
零だから、0で、ゼロ。
いつからそう呼ばれているのかは知らないが、少なくとも中学校でもそう呼ばれていた。
「……まったく。なんで中学のときから毎朝毎朝ずっと、嫌いなあなたなんかと一緒に登校しなくちゃならないのよ。」
ピョン、と。
今度は水溜りを飛び越えながら、私は唇を尖らせる。
それは独り言のつもりだったが、ゼロにははっきりと聞こえていたようだ。
「はいはい。とりあえず、文句は俺じゃなくて自分自身に言いなね。むしろ俺は、君に感謝される立場だと思うんだけれど。」
「誰があなたなんかに。」
フイッと顔をそらす。
ゼロとこうやって一緒に登校するのは、私の母さんがゼロにそれを頼んでいるからだ。
なんでも、一人にするのが心配らしい。
過保護な、と思わなくもないが、あまり強くも言えない立場だ。
というのも、小学校の卒業式の朝、私は大事故にあったらしいからである。
らしい、というのは、覚えていないからだ。
物語でありがちな、記憶喪失というもの。
だから私は、中学生よりも前の記憶がないし、思い出せない。
……まぁ、大したことのない記憶ばかりだとは思うが。
そういう理由で、学校へ行く道の途中に私の家があるゼロは、毎朝わざわざ私を迎えに来る。
ありがたい、と本当は心では思っているが、こいつにそれを口に出して言う気にはなれなかった。
「大体あなた、いつも来るの早すぎよ。今日なんか、約束の十五分も前だったじゃない。日に日に早くなってない?」
「あれ、気づいてたんだ?わざとだよ。」
「……どういうこと?」
「分からない?」
そこで、再びニヤリ、と。
彼がその表情をするたびに、嫌な予感がする。
というか、嫌な予感しかしない。
案の定、
「君に『もう、時間!?』と焦らせるための嫌がらせだよ。」
「…………。本当に、性格悪いわよね。」
だから嫌いなのよ、と私は顔をしかめる。
ニヤリと笑いながら意地悪するのが嫌い。
無駄に顔が整っているのが嫌い。
中学一年生の頃は似たような身長だったのに、今は背伸びしても届かない高い身長が嫌い。
飄々とした声が嫌い。
……本当になぜ、毎朝一緒に学校へ行くのがこいつとなのか。
ため息が出てくる。
「まぁ、その待つ時間は俺の読書タイムだから、有意義な時間なんだけれどね。」
「あなたはそうかもしれないけれど、人のことを考えなさいよ。母さんに『ゼロ君、来たわよ。』って毎朝、急かされるんだから。」
「君、日本語分かってる?嫌がらせって俺は言ったと思うけど。」
「最っ低ね。」
もう、この言葉を何回言ったのか分からない。
そう、最低。
ゼロは意地悪だ。
昨日だって、学校の自動販売機でお茶を買おうとしたら、いつの間にか後ろにいたゼロにお汁粉のボタンを押された。
そして、学校の自動販売機はくじが付いている。
何が言いたいかというと、いつもは全く当たらないくせに、昨日に限って当たったのだ。
……しかも、大当たり。
ガシャンという音と共に、三本のお汁粉の缶が出てきた。
それを見て笑うゼロの黒い笑みを、私はきっとずっと忘れない。
思い出すだけで、腹が立ってくる。
「君、凄い顔だよ。」
……思い切り、半眼で睨みつけてやった。
誰のせいだと思っているのか。
早歩きで置いていってしまおうか、という考えが頭によぎる。
そうする→「2、なずなside」へ
そうしない→「3、なずなside」へ
……うん、それがいい。
早速、その一歩を踏み出そうとして______
「はい、ストップ。」
「きゃっ!」
ぐいっ!
急に腕を引き寄せられたのと、私の短い悲鳴。
そして、先ほどまで私がいた場所を車が通って行ったのは、同時だった。
「…………。」
「君って、そんなに事故が好きなの?さすが、変わってるよね。」
驚いて何も言えない私。
そんな私の腕をさっさと離して、歩いていくゼロ。
……掴まれていた手首が、熱を持つように熱い。
胸の鼓動も速く。
そして、頬の熱が少しだけ上がった気がする。
……きっと、気の所為だ。
そのはずだ。
「……もう、お礼くらい言わせなさいよ。」
だから、嫌いなのよ。
誰にも聞こえないような声で呟いてから、私はその背中を追いかけた。
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