花と待ち人
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
自分のクラスの扉をガラガラと開けると、もう半分くらいの人数が来ていた。
みんな、こちらを気にかけることはなく、楽しそうにおしゃべりをしている。
いつもと変わらない、見慣れた日常。
その中に、ふわふわの長い髪を持つ人物の姿も見つけ、私の頬は自然に綻んだ。
「おはよう、くるみ。」
その後ろ姿に声をかけると、
「むぅ……なずなちゃん!おはよぅ〜!」
くるみ……親友はゆっくりと振り返り、花がほころぶように笑った。
森下 くるみ(もりした くるみ)。
雪のように白い肌に、ほんのりとピンク色に染まった頬。
私よりも少し低い身長。
そして、思わず触りたくなってしまうような、わたあめのような天然パーマの髪。
見た目通りの、可愛らしい子だ。
守ってあげたくなるようなその雰囲気は、癒し系というのだろう。
私とは正反対の女の子だ。
「ねぇねぇ、そういえばね、なずなちゃん知ってる?」
「ん?」
くるみは、先ほどまでのフワフワとした微笑みを消し、代わりに少しだけ眉根を寄せている。
何か、あったのだろうか。
首を傾げると、くるみは大事なことを言うかのように続けた。
「 『神隠し事件』。」
あぁ。
と、私は思った。
……それは、ちょうど今朝もニュースでやっていた事件だ。
数ヶ月前から、全国で女子高校生がフラリといなくなる事件。
全国で一斉に、というのが奇妙だ。
幸い……と言ってもいいのかどうかは分からないけれど、連れさらわれた少女たちは数日後には帰ってくるらしい。
そして、彼女たちは決まって「何も覚えていない」と言うのだそうだ。
彼女たちは無傷であり、金銭も全く取られていない。
全国で家出が流行っているのか、誘拐の犯人がいるのか。
私は後者だと思うし、大人や警察もそう考えているだろう。
しかし、犯人は捕まるどころか、検討もつかないらしい。
「怖い事件よね。」
「むぅ、怖いよぅ。」
くるみは、さらに不安そうな表情を見せる。
全国の女子高生。
だから当然、私やくるみもその中に入る。
この街は、まだ誰がいなくなったなどの噂を聞いたことはないが、隣の街ではすでに何人か被害にあっているらしい。
誰が何のために、そんなことをするのか。
いなくなった少女は、どこに連れて行かれて何をされるのか。
全くわからないから、まるでホラー映画のような怖さがある。
「だからね、なずなちゃん。狙われないように気をつけてね!なずなちゃん、可愛いから心配だよぅ。むぅ。」
「…………。」
両手をグッと拳にして、上目使いでこちらを見上げる、親友。
……どうしてこの子は、自分の心配より先に私になるのだろうか。
確かに心配してくれるのは嬉しいけれど、それでもまずは自分だろう。
それが、くるみの美点だということは分かっているけれど。
「ありがとう。でもね、くるみ。あなたこそ可愛いのだから、私の心配の前に自分の心配をしてちょうだい。くるみはいつか、誰かのために自分を犠牲にしそうで怖いわ。」
「そんなこと……それは、なずなちゃんの方だよぅ。」
「私?」
……時々、くるみは私を過大評価しすぎていると思うことがある。
くるみが危ないときは、何が何でも助けたいとは思うけれど、それでも自分を犠牲にして助けることに、少しのためらいもなく行動できる自信はない。
それは、醜いだろうか。
「…………。」
そんな弱い私を知られるのは、なんだか怖い。
知られたくない。
見せたくない。
私の考えなんか知らず、くるみは喋り続ける。
「なずなちゃんは、くるみの憧れなの。なずなちゃん、だーい好き!」
屈託のない、幼児のように純粋な笑顔。
私、そんなにくるみに好かれることをしたかしら……。
…………。
思い浮かばない。
そんなことをしていると、
「なんだよ、朝っぱらから百合かァ?」
会話に入ってくる声が一つ。
「!」
くるみと二人で驚いて、声の主の方向に顔を巡らせる。
「むぅ、源ちゃん……!」
と、そこには源一が片手をあげて笑っていた。
片岡 源一(かたおか げんいち)。
くるみの母方のイトコであり、ゼロの親友。
硬そうな真っ黒の髪の毛と、程よく焼けた肌が特徴的だ。
少々子供っぽいところがあるが、どこか微笑ましい男子である。
源一がこちらに寄ってくるから、ゼロも来るのでは……と思わなくもないが、源一のことは嫌いではない。
……気配が全くなかったけれど、一体いつからいたのだろう。
「源ちゃん、おはよぅ〜。」
「おはようさん、くるみ。なっちゃんも、おはよ〜!」
おはよ〜、の部分で頭を鷲掴みにされそうになったから、慌ててよける。
源一に頭を撫でられると、ボサボサになるのだ。
「チッ。」と悔しそうな顔をされるが、無視をした。
「おはよう。……その呼び方はやめてと、何回も言ってるじゃない。」
その理由は簡単、可愛らしすぎて恥ずかしいからだ。
それなのに、
「いいじゃねぇか、呼びやすいんだよ。なっちゃんなっちゃん〜!」
よけられた仕返しだろうか、源一はニコニコと笑いながら両手をメガホンにして、そんなことを言う。
終いには、
「ほらほら、くるみも!」
「え……あ、な、なっちゃん……!」
恥ずかしそうに、けれど、源一に吊られてニコニコとしながら、くるみまで言い出した。
「ちょ……くるみまで。源一の言うことなんて聞かなくていいのよ?」
「お、照れてる照れてる。よっしゃ、もう一息だぜ、くるみ!せーーーーのっ、」
「「なっっちゃ〜〜〜〜ん♡」」
「もー、やめなさーーーーい!」
「おー、勝利!」
「わーい?」
「わーい!」
パチン!
と響く、源一とくるみのハイタッチの音。
クラスのみんながこちらをチラチラと見ている。
……なんて、恥ずかしい!
やっていることが小学生並だ。
いや、さすがに小学校高学年でもこんなことはしないだろう。
せいぜい小学校低学年だ。
それも、男子。
「…………。」
そういえば、私は小学生の頃、どんなことをして遊んでいたのだろう。
何をしていたのか。
何人くらいで遊んでいたのか。
誰と遊んでいたのか。
……頭に霧がかかったかのように思い出せない。
なんとなく、思い出がないのは寂しいと思うときが私にはあった。
自分のクラスの扉をガラガラと開けると、もう半分くらいの人数が来ていた。
みんな、こちらを気にかけることはなく、楽しそうにおしゃべりをしている。
いつもと変わらない、見慣れた日常。
その中に、ふわふわの長い髪を持つ人物の姿も見つけ、私の頬は自然に綻んだ。
「おはよう、くるみ。」
その後ろ姿に声をかけると、
「むぅ……なずなちゃん!おはよぅ〜!」
くるみ……親友はゆっくりと振り返り、花がほころぶように笑った。
森下 くるみ(もりした くるみ)。
雪のように白い肌に、ほんのりとピンク色に染まった頬。
私よりも少し低い身長。
そして、思わず触りたくなってしまうような、わたあめのような天然パーマの髪。
見た目通りの、可愛らしい子だ。
守ってあげたくなるようなその雰囲気は、癒し系というのだろう。
私とは正反対の女の子だ。
「ねぇねぇ、そういえばね、なずなちゃん知ってる?」
「ん?」
くるみは、先ほどまでのフワフワとした微笑みを消し、代わりに少しだけ眉根を寄せている。
何か、あったのだろうか。
首を傾げると、くるみは大事なことを言うかのように続けた。
「 『神隠し事件』。」
あぁ。
と、私は思った。
……それは、ちょうど今朝もニュースでやっていた事件だ。
数ヶ月前から、全国で女子高校生がフラリといなくなる事件。
全国で一斉に、というのが奇妙だ。
幸い……と言ってもいいのかどうかは分からないけれど、連れさらわれた少女たちは数日後には帰ってくるらしい。
そして、彼女たちは決まって「何も覚えていない」と言うのだそうだ。
彼女たちは無傷であり、金銭も全く取られていない。
全国で家出が流行っているのか、誘拐の犯人がいるのか。
私は後者だと思うし、大人や警察もそう考えているだろう。
しかし、犯人は捕まるどころか、検討もつかないらしい。
「怖い事件よね。」
「むぅ、怖いよぅ。」
くるみは、さらに不安そうな表情を見せる。
全国の女子高生。
だから当然、私やくるみもその中に入る。
この街は、まだ誰がいなくなったなどの噂を聞いたことはないが、隣の街ではすでに何人か被害にあっているらしい。
誰が何のために、そんなことをするのか。
いなくなった少女は、どこに連れて行かれて何をされるのか。
全くわからないから、まるでホラー映画のような怖さがある。
「だからね、なずなちゃん。狙われないように気をつけてね!なずなちゃん、可愛いから心配だよぅ。むぅ。」
「…………。」
両手をグッと拳にして、上目使いでこちらを見上げる、親友。
……どうしてこの子は、自分の心配より先に私になるのだろうか。
確かに心配してくれるのは嬉しいけれど、それでもまずは自分だろう。
それが、くるみの美点だということは分かっているけれど。
「ありがとう。でもね、くるみ。あなたこそ可愛いのだから、私の心配の前に自分の心配をしてちょうだい。くるみはいつか、誰かのために自分を犠牲にしそうで怖いわ。」
「そんなこと……それは、なずなちゃんの方だよぅ。」
「私?」
……時々、くるみは私を過大評価しすぎていると思うことがある。
くるみが危ないときは、何が何でも助けたいとは思うけれど、それでも自分を犠牲にして助けることに、少しのためらいもなく行動できる自信はない。
それは、醜いだろうか。
「…………。」
そんな弱い私を知られるのは、なんだか怖い。
知られたくない。
見せたくない。
私の考えなんか知らず、くるみは喋り続ける。
「なずなちゃんは、くるみの憧れなの。なずなちゃん、だーい好き!」
屈託のない、幼児のように純粋な笑顔。
私、そんなにくるみに好かれることをしたかしら……。
…………。
思い浮かばない。
そんなことをしていると、
「なんだよ、朝っぱらから百合かァ?」
会話に入ってくる声が一つ。
「!」
くるみと二人で驚いて、声の主の方向に顔を巡らせる。
「むぅ、源ちゃん……!」
と、そこには源一が片手をあげて笑っていた。
片岡 源一(かたおか げんいち)。
くるみの母方のイトコであり、ゼロの親友。
硬そうな真っ黒の髪の毛と、程よく焼けた肌が特徴的だ。
少々子供っぽいところがあるが、どこか微笑ましい男子である。
源一がこちらに寄ってくるから、ゼロも来るのでは……と思わなくもないが、源一のことは嫌いではない。
……気配が全くなかったけれど、一体いつからいたのだろう。
「源ちゃん、おはよぅ〜。」
「おはようさん、くるみ。なっちゃんも、おはよ〜!」
おはよ〜、の部分で頭を鷲掴みにされそうになったから、慌ててよける。
源一に頭を撫でられると、ボサボサになるのだ。
「チッ。」と悔しそうな顔をされるが、無視をした。
「おはよう。……その呼び方はやめてと、何回も言ってるじゃない。」
その理由は簡単、可愛らしすぎて恥ずかしいからだ。
それなのに、
「いいじゃねぇか、呼びやすいんだよ。なっちゃんなっちゃん〜!」
よけられた仕返しだろうか、源一はニコニコと笑いながら両手をメガホンにして、そんなことを言う。
終いには、
「ほらほら、くるみも!」
「え……あ、な、なっちゃん……!」
恥ずかしそうに、けれど、源一に吊られてニコニコとしながら、くるみまで言い出した。
「ちょ……くるみまで。源一の言うことなんて聞かなくていいのよ?」
「お、照れてる照れてる。よっしゃ、もう一息だぜ、くるみ!せーーーーのっ、」
「「なっっちゃ〜〜〜〜ん♡」」
「もー、やめなさーーーーい!」
「おー、勝利!」
「わーい?」
「わーい!」
パチン!
と響く、源一とくるみのハイタッチの音。
クラスのみんながこちらをチラチラと見ている。
……なんて、恥ずかしい!
やっていることが小学生並だ。
いや、さすがに小学校高学年でもこんなことはしないだろう。
せいぜい小学校低学年だ。
それも、男子。
「…………。」
そういえば、私は小学生の頃、どんなことをして遊んでいたのだろう。
何をしていたのか。
何人くらいで遊んでいたのか。
誰と遊んでいたのか。
……頭に霧がかかったかのように思い出せない。
なんとなく、思い出がないのは寂しいと思うときが私にはあった。