花と待ち人
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自分のクラスの扉をガラガラと開けると、もう半分くらいの人数が来ていた。


みんな、こちらを気にかけることはなく、楽しそうにおしゃべりをしている。


いつもと変わらない、見慣れた日常。


その中に、ふわふわの長い髪を持つ人物の姿も見つけ、私の頬は自然に綻んだ。


「おはよう、くるみ。」


その後ろ姿に声をかけると、



「むぅ……なずなちゃん!おはよぅ〜!」



くるみ……親友はゆっくりと振り返り、花がほころぶように笑った。


森下 くるみ(もりした くるみ)。


雪のように白い肌に、ほんのりとピンク色に染まった頬。


私よりも少し低い身長。


そして、思わず触りたくなってしまうような、わたあめのような天然パーマの髪。


見た目通りの、可愛らしい子だ。


守ってあげたくなるようなその雰囲気は、癒し系というのだろう。


私とは正反対の女の子だ。


「ねぇねぇ、そういえばね、なずなちゃん知ってる?」


「ん?」


くるみは、先ほどまでのフワフワとした微笑みを消し、代わりに少しだけ眉根を寄せている。


何か、あったのだろうか。


首を傾げると、くるみは大事なことを言うかのように続けた。





「 『神隠し事件』。」




あぁ。


と、私は思った。


……それは、ちょうど今朝もニュースでやっていた事件だ。


数ヶ月前から、全国で女子高校生がフラリといなくなる事件。


全国で一斉に、というのが奇妙だ。


幸い……と言ってもいいのかどうかは分からないけれど、連れさらわれた少女たちは数日後には帰ってくるらしい。


そして、彼女たちは決まって「何も覚えていない」と言うのだそうだ。


彼女たちは無傷であり、金銭も全く取られていない。


全国で家出が流行っているのか、誘拐の犯人がいるのか。


私は後者だと思うし、大人や警察もそう考えているだろう。


しかし、犯人は捕まるどころか、検討もつかないらしい。


「怖い事件よね。」


「むぅ、怖いよぅ。」


くるみは、さらに不安そうな表情を見せる。


全国の女子高生。


だから当然、私やくるみもその中に入る。


この街は、まだ誰がいなくなったなどの噂を聞いたことはないが、隣の街ではすでに何人か被害にあっているらしい。


誰が何のために、そんなことをするのか。


いなくなった少女は、どこに連れて行かれて何をされるのか。


全くわからないから、まるでホラー映画のような怖さがある。


「だからね、なずなちゃん。狙われないように気をつけてね!なずなちゃん、可愛いから心配だよぅ。むぅ。」


「…………。」


両手をグッと拳にして、上目使いでこちらを見上げる、親友。


……どうしてこの子は、自分の心配より先に私になるのだろうか。


確かに心配してくれるのは嬉しいけれど、それでもまずは自分だろう。


それが、くるみの美点だということは分かっているけれど。


「ありがとう。でもね、くるみ。あなたこそ可愛いのだから、私の心配の前に自分の心配をしてちょうだい。くるみはいつか、誰かのために自分を犠牲にしそうで怖いわ。」


「そんなこと……それは、なずなちゃんの方だよぅ。」


「私?」


……時々、くるみは私を過大評価しすぎていると思うことがある。


くるみが危ないときは、何が何でも助けたいとは思うけれど、それでも自分を犠牲にして助けることに、少しのためらいもなく行動できる自信はない。


それは、醜いだろうか。


「…………。」


そんな弱い私を知られるのは、なんだか怖い。


知られたくない。


見せたくない。


私の考えなんか知らず、くるみは喋り続ける。


「なずなちゃんは、くるみの憧れなの。なずなちゃん、だーい好き!」


屈託のない、幼児のように純粋な笑顔。


私、そんなにくるみに好かれることをしたかしら……。


…………。


思い浮かばない。



そんなことをしていると、




「なんだよ、朝っぱらから百合かァ?」




会話に入ってくる声が一つ。


「!」


くるみと二人で驚いて、声の主の方向に顔を巡らせる。


「むぅ、源ちゃん……!」


と、そこには源一が片手をあげて笑っていた。


片岡 源一(かたおか げんいち)。


くるみの母方のイトコであり、ゼロの親友。


硬そうな真っ黒の髪の毛と、程よく焼けた肌が特徴的だ。


少々子供っぽいところがあるが、どこか微笑ましい男子である。


源一がこちらに寄ってくるから、ゼロも来るのでは……と思わなくもないが、源一のことは嫌いではない。


……気配が全くなかったけれど、一体いつからいたのだろう。


「源ちゃん、おはよぅ〜。」


「おはようさん、くるみ。なっちゃんも、おはよ〜!」


おはよ〜、の部分で頭を鷲掴みにされそうになったから、慌ててよける。


源一に頭を撫でられると、ボサボサになるのだ。


「チッ。」と悔しそうな顔をされるが、無視をした。


「おはよう。……その呼び方はやめてと、何回も言ってるじゃない。」


その理由は簡単、可愛らしすぎて恥ずかしいからだ。


それなのに、


「いいじゃねぇか、呼びやすいんだよ。なっちゃんなっちゃん〜!」


よけられた仕返しだろうか、源一はニコニコと笑いながら両手をメガホンにして、そんなことを言う。


終いには、


「ほらほら、くるみも!」


「え……あ、な、なっちゃん……!」


恥ずかしそうに、けれど、源一に吊られてニコニコとしながら、くるみまで言い出した。


「ちょ……くるみまで。源一の言うことなんて聞かなくていいのよ?」


「お、照れてる照れてる。よっしゃ、もう一息だぜ、くるみ!せーーーーのっ、」




「「なっっちゃ〜〜〜〜ん♡」」




「もー、やめなさーーーーい!」


「おー、勝利!」


「わーい?」


「わーい!」


パチン!


と響く、源一とくるみのハイタッチの音。


クラスのみんながこちらをチラチラと見ている。


……なんて、恥ずかしい!


やっていることが小学生並だ。


いや、さすがに小学校高学年でもこんなことはしないだろう。


せいぜい小学校低学年だ。


それも、男子。


「…………。」


そういえば、私は小学生の頃、どんなことをして遊んでいたのだろう。


何をしていたのか。


何人くらいで遊んでいたのか。


誰と遊んでいたのか。


……頭に霧がかかったかのように思い出せない。


なんとなく、思い出がないのは寂しいと思うときが私にはあった。

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