今から一つ嘘をつくけど
 あれから、諏訪さんはお店には現れなかったけど。マドレーヌは毎日届いた。

 あの限定マドレーヌはいつもお昼前から売り出される。だから遅番のバイトさんとか海莉ちゃんがお店に来る前に授業員入り口付近で諏訪さんから受け取り、早番で店にいる私に渡してくれるのだ。決して彼本人はお店には来なかった。

 でも流石に三日続くとみんなマドレーヌに飽きてしまい、残ったものを私が全部持ち帰る羽目になってしまった。お陰で私は、ここのところ毎日朝ご飯やお昼にマドレーヌを食べている。

 まあ、美味しいし嫌いじゃないからいいんだけど。それにあんな一件でこんな事になったから、もういいですとは断りにくい。




「一番、入りまーす」


 お昼時を過ぎた頃、私がそう言うと店内に散らばっているバイトさんたちがはーいと返事をしてくれる。それを確認して、私は休憩室へ向かった。

 『一番』とは、うちのショップの暗号で『昼休憩』の事だ。ちなみに『三番』は『トイレ』。

 ご飯を食べる休憩室は全ショップ共同で、結構広いけど机と椅子が置いてあるだけの簡素な部屋だ。壁際にちょっと飲み物とパンの自動販売機があるけど。ご飯はそれぞれお弁当を持って来たり、食料品フロアでお惣菜やお弁当を買ってきて食べたり。

 私は自分でお弁当を作るのが面倒だから、大抵食料品フロアで買って食べている。時々レストランフロアに食べに行く事もあるけど、一人暮らしなので毎日じゃあお金が続かないし。

 今日もお昼は休憩室で一人、諏訪さんのマドレーヌを食べていた。

 休憩室では他のショップの子たちと仲良くなれるチャンスなのだが、私はまだ誰にも声を掛ける事ができないでいる。警戒心の強さがこんな所で邪魔をするのだ。




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